「紫波さん。」
罵倒の声とは違う、優しい声が上から聞こえる。
穏やかに笑みを浮かべる晴樹君。
「ほら、もうそろそろ時間だよ、行こう。」
どこかに行く予定なんて立てていなかったけれど、多分、私をここから連れ出すための口実。
晴樹君に手を引かれて公園を出る。
理由はわからないけど、視界がぼやける。
目に涙がたまる。
少し離れた場所で、晴樹君が私の方向を向いた。
「同級生?」
「......。中学の時の。」
「そっか、いっつもあんな風に言われてたの?」
「うん......。」
小さな子供をあやすように、いつもより穏やかな口調で私に話しかける。
私と晴樹君の身長は15センチくらい違う。
いつもなら二人とも座っているから目線を合わせなくても話せているが、今日は違う。
晴樹君が私の目線に合わせて少しだけ姿勢を低くする。
そんなに私に気を使わなくてもいいのに。
私なんかに気を使わなくてもいいのに。
やめて、優しい顔で笑わないで。
同情されているみたいで、みじめになるから。
やめて、そんな瞳でこっちを見ないで。
才能がないのなんてわかってるから。
やめて、私に何もしないで。
あなたと生きている世界が違うのはわかってるから。
私のせいだから。
「さっきの人はああやっていうけど、僕は紫波さんの小説―――、」
「やめて。それ以上言わないで。才能のある晴樹君に何がわかるの?何もわからないでしょ。もう、やめてよ......。」
晴樹君が口を紡ぐ。
いたたまれなくて、顔を下に下げる。
晴樹君が目線を逸らして体を元に戻す。
「紫波さんは、何のために小説を書いてるの」
「私は、誰かを、どこかにいる誰かを幸せにしたくて、書いてる。」
「僕と紫波さんの違いはそこだ。僕は僕のために書いてる。僕を満たすために。僕が生きたことを証明するために。」
遠くを見ながら晴樹君が力強く言った。
そこにはであったころと同じような怖さがある。
「僕、帰るね。用事も済んだし。しばらくは連絡しないから。じゃあ。」
冷たく言い放って、晴樹君は駅へと足を動かし始める。
私はそこに立ちすくんだまま、ひとり涙をこぼす。
こんなことを言いたかったわけじゃない。