「ん、紫波さん、読み終わった?」

「うん、本当に、すごかった。」

「それはよかった。」

はい、とお互いのスマホをお互いの手に戻す。

私が晴樹君に渡した小説は、『箱庭の眠り姫』。
友達にも家族にもとらわれて動けなくなった少女の物語。
バットエンドの短編。

「晴樹君の小説、すごかった。すごかったしか出てこないくらいすごかった。」

「小説の中の紫波さんとは別人のように語彙力がなくなってるよ。」

ころころと笑う晴樹君は、前よりも明るく見える。
孤独の雰囲気は変わらないけど。

「紫波さんの小説、面白かった。紫波さんって感じがした。文の作り方も、単語の選び方も、ほかの人とは違うから印象に残るし。何よりも物語の切り口が面白い。僕はこの小説、すごく好き。」

「あ、ありがとう」

初めて面と向かって感想を言われて顔が熱くなる。
私が晴樹君に感想を伝えた時も晴樹君はこんな風に恥ずかしかったのだろうか。
まさかこんなに照れるとは思っていなかった。

日陰にいるはずなのに、顔が熱い。
赤くなっているのが、鏡を見ずともわかる。

「紫波さん、照れてるね。」

「う......。て、照れてます......。だって、なかなか感想言われることってないし。」

「これで僕の気持ち、わかってくれた?」

激しく首を縦に振ると、晴樹君がまたころころと笑う。

やっぱり晴樹君も恥ずかしかったんだ。
なんだか申し訳ないようなことをした気がするけれど、謝ったりはしない。
謝ることじゃないと思うから。

自分の気持ちを伝えるのは悪いことだと思っていて、ずっと謝ってばかりいた。
だけど、それは違っていて。
自分の思いを伝えるのは悪いことじゃない。
だから、今度は私から。

「晴樹君、また、あってもいい?二人で遊びたい。」