私が珠実園にお世話になっていた時代、あそこにはそんな普通じゃない恋愛話の宝庫だと知った。

 園長先生の(けん)さんと副園長の茜音先生、保健師の千夏(ちなつ)先生、事務をしてくれている未来(みく)先生まで、ここのお話を集めただけでも、胸がキュンキュンしてしまうような経験をみんなしてきている。

 だから、私と啓太さんが『幼なじみ兼、教員と教え子の交際』ということぐらじゃ、みんな驚かないし反対なんかしないのも当然と言えば当然なんだよね。それもあるからなのか、珠実園出身の女の子たちは、その後の人生をきちんと歩んでいる子ばかりだと聞いたことがある。

 少し時代遅れの考え方なのかもしれないけれど、「一人でも生きていける」だけではなくて、自分を全て受け止めてもらえる大切な人を見つけて、二人で協力して巣立っていくのを見守るのがあの園の姿勢なんだ。

 高校卒業で児童福祉施設としては卒園しなければならないけれど、そのあとも仕事を続けながら、悩んだり困ったときは帰ってきて先生たちに相談していたり、逆にいい人が見つかると真っ先に報告してくれるなんていうのが日常。

 誕生日やクリスマスなどのイベントは全て行っている。それは、その子たちが大きくなったときに、温かい記憶を持っているかがその後の人生を左右すると分かっているからだ。

 もちろん、それを限られた予算とスケジュールの中でこなしていくのは大変なことでもある。一人ひとりの性格をきちんと見極めた上で、心のケアやリハビリを施していく。その難しさは、そばで見ている私でも十分に分かった。

 そんなに大変なことをしているのに、私が初めて珠実園で過ごすことが決まってから、結花先生はいつもお母さんのように傍にいてくれた。

「花菜ちゃん、まだ我慢したりしてる?」

「昔ほどではないです。自己嫌悪になることはまだまだありますけど……」

 世間的には私は啓太さんという旦那さまがいて、家庭を作っている今でも、こうしてあの頃と変わらなく接してくれる。

 女湯だし他に誰もいないから、当時と同じように、結花先生の胸元に顔を埋めた。

 柔らかい膨らみの奥から、大好きなリズムが聞こえてくる。

「私の心臓の音を気に入ってくれる人なんて、彩花以外にいるとは思わなかったな……」

 私が入所していた頃、まだお嬢さんの彩花ちゃんは3歳だった。でも、私が夜に泣いていると報告を受けると、彩花ちゃんを陽人先生に預けて、何度も夜にタクシーで駆けつけてくれて、傍にいてくれた。

 高校生ということを忘れて、結花先生に甘えさせてもらった。

「結花先生がいなかったら……、私……きっと……」

「うん……、よかったよ……。花菜ちゃんは強く頑張ったんだから……」

 もともと決して強かったわけじゃない。それどころか、それぞれの事情でみんな私の前からいなくなってしまった。

 真っ暗な、右も左も分からない。怖くてどこに進むことが出来なくなった私。

 そんな私に手をさしのべてくれた結花先生と啓太さん。

 私の忌引きになった初日、「松本のそばにいてやりたい」とクラスの前で話してくれたと聞いた。

 そして結花先生に私のことをお願いするために、担任の『先生』では知り得ない細かいことまで、それこそ食べ物の好き嫌い、風邪をひいたときに熱を出しやすいこと、雷が嫌いなことまで伝えてくれた。

「そうね、初めて会ったときから、あんなにその子のことが分かっていたのは、花菜ちゃんが一番だったなぁ」

「珠実園の先生たち、みんな私のこと知ってくれてましたね」

「担任の先生からご相談って来られたときに、すぐに分かったわ。本当はご自分でみてあげたいけれど、それが大人の事情でまだ出来ない。特別な子をお預かりするんだって。そんな子を誰が担当するか。経験のある私しかいないじゃない?」

 クスッと笑う結花先生。相談員でもある結花先生が担当するというのは例外的な話だったのだそう。でも、茜音先生を含めて誰も反対はなかったんだって。みんなお互いにこれまでの人生を知っているから、自然と誰が向いているか分かってくるんだって。

「だからね、花菜ちゃんにもお手伝いしてもらっているでしょ? 食事の時に気をつけてもらっている子とか。あれはみんなで決めているんだから」

 結花先生は私に頷いて肩をたたいてくれた。