「花菜ちゃん、準備できた? 私は初めてだからいろいろ教えてね」
「はい。こっちです」
もうこんな時間だから、館内も静かで私たちのスリッパの音だけが廊下に響いていく。
「結花先生、ここの浴衣で好きなものを選んでください」
「えぇ? すごい……。だからお部屋に浴衣がなかったのね」
最初に脱衣所横のカウンターで、好きな柄の浴衣を選ぶことが出来るから、お部屋には置いてない。
明日の朝食の間に回収してお洗濯もしてくれるから、連泊するときは同じものだけでなく違う柄を選ぶことも出来ることを前回教わっていた。
私は前と同じく桜色の柄、そして結花先生がこれまでの私が持っていた先生のイメージとは違う空色を選んだことに少し驚いた。
「え? 似合わないかしら?」
「いえ……。でもなんだか結花先生ってもっと赤系のお色が好きなのだと思ってました」
合わせてみると、その目は間違ってない。柔らかい空気のような。思わず見とれてしまう。
「そう? 私いろんな色選ぶのよ? ほら、花菜ちゃんにあげたあのジャンスカも濃紺だったでしょ? あれにも何色かあったんだけど、ネイビーに一目惚れしちゃってね。陽人さんに買ってもらったんだっけね」
そうだったんだ。
結花先生も「特別な日に着る」と決めて、陽人先生から一生に一度の言葉を受け取るときに着ていたって。
そんな大切な物を惜しげもなく私に渡してくれた。「幸せのおすそ分け」という言葉以上の思いが込められているのを私だけでなく、啓太さんも知っている。
だから、私も結花先生に倣った。
結花先生と私にとって人生が決まる瞬間を見届けてくれた服は、毎回きちんとクリーニングをかけてある。
結花先生にお返しすると言っても、「普段着に使ってよ」と受け取らない。
さすがに普段着に使える物ではないけれど、珠実園での朗読会などで使わせてもらっている。
そう、濃紺だからどこに出ていくにしても恥ずかしくない。それを結花先生はちゃんと分かって渡してくれたんだと。
「そうね、花菜ちゃんの前では暖色系の色が多かったかな。珠実園の子たちの前で、あんまり寒色系の服って着たくなかったから。どうしても冷たいイメージに見えちゃうからね」
「すごいですね、そこまで考えているんですか……」
そうだったんだ。そういえば副園長の茜音先生もそうかもしれない。そんな細かいところにまで気を使っていたなんて。
私がお母さんを亡くしたとき、それまで放課後にお仕事をしていた図書館から珠実園に異動するとき、きっと他の場所や、私の担当が結花先生でなければ許可は降りなかったと昔聞いていたんだよ。