*

 転校初日に見た彼女が、クラスで一人ポツンと過ごしている人物と同じだとはじめは気が付かなかった。
 クラスにいる西田早瀬という少女は、特に目立つようなタイプではない。
 頬は少し丸みを帯びているけれど、太っているわけではないし極端に痩せているわけでもない。
 顔立ちも平々凡々。口で説明できるような特徴がある訳でもなく、どこにでもいそうな子という印象。
 性格も大人しめなのか、休み時間に一人でいてもあまり気に留められない様子だ。

 彼女が近くを通ったときに、焦げ茶のポニーテールが揺れて横顔をちゃんと見てやっと気付いたくらいだ。
「あの子、なんでいつも一人なの?」
 仲良くなったクラスメートにすぐに聞いた。
 一人でいるとは言っても、別にいじめられているという様子ではなかったし基本的にはみんな普通に接していたから。
 ただ、クラスメートも彼女も、お互いに距離を取っているといった様子だった。

「ああ……彼女さ、芸術病なんだ」
 僅かに哀れみを乗せた声で教えられる。
 芸術病――正式名称はCLA(カッティング・ライフ・アート)。
 文字通り命を削って芸術作品を生み出す心の病だと聞いたことがある。
 非常に珍しい病気だけれど、その病に侵された人達の作り出す芸術作品は必ずと言っていいほど世界的な評価を受ける。
 命を削ってまで作られた作品は、人の心に届きやすいらしいと前の学校の美術の先生が言っていたなと思い出した。
 そして納得もした。
 あの日油絵を描く彼女は、教室で見るときと違って苛烈に命を燃やしていたから。

 でも命を削っていると言われる通り、芸術病を患った人は総じて早死にするらしい。
 生命力を作品に注入し続け、衰弱して亡くなるのだそうだ。
 それを避けるため作品を作らない様にしても、本人は作ることをやめられない。
 周りが抑えつけて無理やり作らせなくさせることは出来るが、そうすると心が死んでしまうそうだ。
 まるで人形にでもなったように、何も食べず動きもせず、生きる事を放棄してしまう。
 だから芸術病を発症した人は、早く死ぬと分かっていても……命を削る行為だと分かっていても、作るという行為を止められない。
 そんな、悲しい病気だ。

 芸術病だから誰も彼女と深くかかわろうとしないのか。
 納得するとともにがぜん興味が湧く。
 芸術病という病に侵された人と初めて会ったからというのもあったけれど、あの日見た静かなる激情を湛えた彼女をもっと見ていたいと純粋に思った。

 だから本来の美術部が休みの木曜日。
 誰も近付かない放課後の美術室に豊は向かった。
 命を燃やす綺麗な(ひと)を見るために。