那智を図書館まで送った俺は、その足でバス停へ。大学に向かう。

 高校と違って、大学は気が楽だ。サークルに入らなければ、ほとんど他人と接触する機会がない。
 英語や体育、ゼミで話すことはあれど、自分が無関心を決めておけば、友人どころか、知人すらできない。素晴らしい環境だと思う。

「やっほ。治樹、おはよう」

 だから、この現状はおかしい。
 無関心を決めておけば、知人すらできない環境だったはずなのに、不愛想もクソもない俺に話し掛ける人間がいるなんてありえねぇ。

 一時限目の大教室。
 隅っこで新書を開いていた俺の隣に、当たり前のように座ってくる男を白目で見る。

 にかっ。あほ面で笑い掛けてくるのは、佐藤優一(さとうゆういち)という青年。
 奇しくも、高校時代の同級生だった。あの時代の俺を知っているなら、下川治樹という男は避けられる存在だろう。ただ、あの時代を知っているだけの人間なら。

 こいつはそれだけに留まらないから厄介だ。
 なにせ、高校時代は馬鹿みたいに俺に声を掛けて、勝手に後ろをついて回って来たのだから。
 オトモダチがいなかった俺に同情していたのか、それとも好奇心からなのか、なにかとくっ付いて来ては話し掛けてきやがる。

 おかげで、二年と三年の体育のペア決めは優一となることが多かった。

 はあ。まさか、こいつが俺と同じ大学に通っているなんざ悪夢だろ。トホホな気分だ。相手をするだけ馬鹿を見ると分かっているから、シカトを決め込む。

「治樹。なに読んでいるんだ? ふうん、マクロ経済。それってなに? 面白い?」

 ページをめくる。

「数字がいっぱいだな。こんなのが面白いのか?」

 ページをめくる。

「そうそう。明日ある宗教学なんだけどさ。ノート見せてくれないか? 俺、前回の講義を休んじゃって。なあ、治樹。お願いだよ」

 ページをめくる。

「あーあ。治樹が見せてくれないなら、俺は今日一日中、お前に引っ付くしかないよな。朝から夕方まで、俺達は磁石のようにべったり。わぁお相思相愛だな」

 ……ああくそ、だからこいつは厄介なんだ。
 新書を閉じた俺はバインダーを取り出し、宗教学を書き込んだルーズリーフを優一の前に叩きつける。これ以上、しゃべるなという意味を込めて脅したはずなのに、相手は口笛を吹いて笑顔を作った。

「サンキュ。さすが治樹だな。あとさ、ついでにフランス語のノートも」

「てめぇ。調子に乗ってるんじゃねえぞ」

 こめかみに青筋を立てて唸ると、

「はい。俺の勝ち」

 優一はやっと口を利いてくれたと笑声を上げた。
 うるせえな。黙っておくと、いつまでもしゃべり続けるだろうが。お前。