それから大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)韓媛(からひめ)から体を離して座り直し、少し距離を取ってから話を始めた。

「俺は子供のころ割りと問題の多い子供で、周りの子供からもよく怖がられていた。でもそんな中、お前だけは普通に接してくれた。幼心にその優しさが正直俺には嬉しかった。だからお前なら将来自分の妃にしても良いと思った」

「皇子、それだけの理由で決められたのですか?」

韓媛からしてもこれは何とも意外な理由だなと思う。

「まぁそれもそうだが……それにお前は当時から割りと可愛かった。だから普通に好きだったのも本当だ」

大泊瀬皇子は少し恥ずかしそうにしながら答えた。韓媛はそんな彼を見て少し可愛いと思う。

「だが当時のお前はまだ恋に疎く、それでお前が年頃になるまで待つしかないと思った。だがずっと幼馴染のまま見られるのも嫌で、それで葛城に行くのをやめることにした」

「まあ、皇子はそれで葛城にこられなくなったのですね」

韓媛もこれで彼が4年間も葛城にこなくなった理由が分かった。だが実際に分かってみると何とも単純な理由である。

「それでお前が14歳になるのを待ってから葛城に行った。そして葛城円(かつらぎのつぶら)にお前を妃にしたいと申し出た。
丁度お前と子供の頃に良く遊んだ木の下で再会した時だ」

(だからお父様は皇子が私を見捨てることはしないと断言できたのね)

しかもこの婚姻は政略的な物とは中々考えにくい。これはどうみても大泊瀬皇子の純粋な恋心からきている。

「それでお父様はその話を聞いて、何といってきたのですか?」

「円も最初は少し驚いていたが、その後に『娘の韓媛が心から納得するなら、この婚姻は認めましょう』といってきた。彼は権力云々よりも娘の幸せを優先したかったようだ」

韓媛はそれを聞いて確かにあの父親ならいいそうだなと思った。

「まぁ俺としてもお前とは強制的ではなく、ちゃんと気持ちを通わせて婚姻を結びたいと思っていた。
だから何とかお前を俺に振り向かせようとして……
だが先ほども言ったように、その途中で草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)との婚姻が上がってしまった」

(なるほどね。だいぶ皇子の事情が読めてきたわ)

ここまでくると韓媛もだいぶ気持ちが落ち着いてきた。始めはどんな重たい内容がくるのかと冷や冷やしていたが。

「だが前回の事件の際に、円は眉輪(まよわ)を見逃してもらう代わりに、娘のお前を俺に差し出すといってきた。
その時はよく分からなかったが、もしかすると自身の死期を悟っていたのかもしれない」

「お父様がそのようなことを。もしかすると、そうすることで私を守りたかったのかもしれませんね」

(あとはお父様は私の気持ちに気付いていたってことは……まさかそれはないわね)

韓媛もさすがに父親がそこまで感ずくことはないだろと考える。ただこればかりは本人に聞いていないので、絶対とはいいきれないが。

「確かに円なら考えそうだ。どのみち俺はそのつもりでいたから、お前の身を守るためにも良いと考えたのかもしれない。まぁ円本人がもういないので、確認のしようはないが」

葛城円はきっと娘が幸せになれるよう、そこまで色々と考えていたのであろう。韓媛はそう思うと、父にはただただ感謝の思いでいっぱいだ。