「そういえば皇子、どうして4年間も葛城に来られなかったのですか? 噂では皇子の親や家臣達に止めさせられたと聞いてましたけど」

韓媛(からひめ)もせっかく大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)と再会したので、この事も聞いてみようと思った。

「当時のおれは遊んでばかりだったから、皇子としての自覚を持たせるためにいわれた。ただそれだけが理由って訳でもなかったが……」

(え、それ以外にも理由が?)

皇子にそういわれて、韓媛は少し不思議に思った。一体他にどんな理由があったというのだろうか。

「皇子、他の理由とは何だったのでしょうか?」

それを聞いた大泊瀬皇子は、急にとても困惑したような表情をし、韓媛から思わず目を反らした。どうやら彼的に何か不都合な事でもあるのだろう。

「まぁ、ちょっと色々あってな。悪いがそれは教えられない」

そう彼がいったので、一瞬2人の間に沈黙が訪れた。韓媛も彼には彼なりの事情があるのだろうと思った。

(まぁ、いいたくないなら、別に無理して聞く訳にもいかないわ)

「そうですか、別に無理して聞こうとは思ってませんので。それに皇子にも色々と事情がおありでしょうし……」

韓媛は特に気にするふうでもなく、そう彼にいった。彼も一応大和の皇子だ。もしかすると皇子としての理由があるのかもしれない。

そんな彼女を見て、大泊瀬皇子は思った。

(こいつは、相変わらず物分かりが良いな。父親の円が、娘が男だったらどんなに良かったかと嘆いている理由が分かる気がする)

それから2人は少しの間、この木や周りの景色を眺めていた。

韓媛は何故かこの時間がとても落ち着く感じがした。それは何だかんだで、彼が幼なじみだからなのかもしれない。

それからしばらくして皇子が「あ、そうだ」と何かを思い出したかのようにして彼女にいった。

「先程も言ったが、大王が今体調を崩しやすいから、当分の間は俺が代理でここに度々来る事になる。
お前も知ってるかもしれないが、大王の指示で、今木梨軽(きなしのかる)の兄上が政り事に関わらないようにしている」

それを聞いた韓媛は、やはり木梨軽皇子の件は大和でもかなり影響が出ているのだなと思った。もしかすると、家臣達からも何か不満が上がって来ているのかもしれない。

「やはり、木梨軽皇子の件は問題になってるのですね。この事に関して、大王もさぞお心を痛めてる事でしょう」

大王も只でさえ体調が悪いのに、そこに来て木梨軽皇子の問題まである。であれば家臣や他の皇子に頼らざるを得ない。

「まぁ、大王には皇后が側に寄り添ってるから、大丈夫だ。俺達子供も、もうそこまで小さい訳ではないからな」

大王夫婦の7番目の子供である大泊瀬皇子がこうやって葛城に来ているのだ、他の兄弟も全員成人はしてなくても、それなりに大きいのだろう。