「では、お父様。私行きますね」

これが父と娘の最後の別れの挨拶かと思うと、どうもあっさりし過ぎているなと彼女は思う。

「あぁ、頑張るんだぞ。それとお前に渡したあの短剣だが、何となくあの剣がお前を守ってくれるような気がする」

それを聞いて韓媛(からひめ)は思った。
今回あの剣は何の反応もなかったので一瞬困ったが、これは父親との最後の会話である。ここは父のいうことに従おう。

「分かりました、お父様。私もお父様から頂いた短剣を信じてみます」

韓媛はそういうと軽く彼に頭を下げて、その場を走り去って行った。

(お父様、さようなら……)



葛城円(かつらぎのつぶら)はそんな娘の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

そして娘がいなくなると、葛城円はふと独り言のようにしていった。

紫津媛(しずひめ)、私達の娘は本当に聡明で優しいな娘になった。あの子だけは何としても生き抜いて幸せになって欲しい……」



そしてその後、彼は眉輪(まよわ)のいる部屋の中に戻っていく。

彼が部屋の中に入ると、中では眉輪が座って彼を待っていた。

「あなたの娘は行かれたのですね」

眉輪は特に怯えることもなく静かにそういった。円はそんな彼を見てとても7歳の子供には見えないと思った。
この年で大人を殺してしまうとは、何とも恐ろしい子供である。

そしてこの子供が何とも不運の運命を辿ることになり、とても哀れに思えた。

そういう意味では、自分と一緒にこのまま人生を終らせるのも良いのかもしれない。


「眉輪様、まもなくこの部屋も火でおおわれます」

「はい、分かってます。であれば僕のことをこのまま殺してくれませんか。最後にこんな僕を庇ってくれたあなたに殺されるなら本望です」

眉輪はとても穏やかな表情でそういった。その笑顔だけは年相応の子供に見えると円は思う。

「分かりました。眉輪様、私もその後直ぐにあとを追いますので……」

そういって彼は自身の剣を引き抜き、彼に剣の先を向ける。

(きっとこれで私もこの幼い皇子も救われるだろう)

そしてその後この部屋は燃え盛る炎に覆われていった。