韓媛(からひめ)はそれから誰にも気付かれないようにして、住居の裏から出ることができた。幸い住居の裏までは兵はきていないようだ。

「どうやら家が全て兵に取り囲まれている訳ではなさそうね。
となると、本当に攻め入るかもまだ分からないのかも……」

これなら何とか兵に見つからずに逃げれそうである。
韓媛は以前からもし今回のようなことがあった際に、どう行動すれば良いか葛城円(かつらぎのつぶら)から教えられている。
彼女が馬に乗れるようになったのも、そのための1つだ。

だが今は辺りもだんだん暗くなってきている。それに下手に馬で移動すれば兵達に気付かれてしまうだろう。なので彼女は歩いて移動することにした。

「とりあえずこのまま葛城の他の家に行ってみようかしら。でもやはりお父様のことが心配だわ……」

韓媛はとりあえず住居から少し離れた所の茂みに入り、しばらく様子を見ることにした。
そして彼女はそこから自身の住居がある方を見る。すると彼女の家の前には沢山の兵が見える。

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)の姿は、ここからだと中々確認できないわね」

彼はここにくるまでに実の兄を2人殺している。であれば眉輪(まよわ)様もきっと生かしてはおかないだろう。

(お父様は眉輪様を何とか助けたいといっていた。でもこの状況でそんな話したら、お父様もただでは済まされないかも……)

相手は7歳の子供だ。そんな子供が殺されてしまうのは、さすがに可愛そうだと父親も思ったのだろうか。

韓媛はそんな父親のことが心配で仕方なかった。それならいっそう大泊瀬皇子に、眉輪を受け渡してくれたらとふと考えてしまう。

「大泊瀬皇子、あなたは一体今何を考えてるの」

韓媛はふと大泊瀬皇子のことが頭によぎる。こんな事態に陥っても、彼女はまだ彼のことを想っていた。

(本当にこれはとても儚くて悲しい恋ね)

そしてそんなことを思いながら、韓媛はしばらくここに留まって様子を見ることにした。