韓媛(からひめ)達が吉野から帰ってきてから、数ヶ月程が過ぎる。そして年も変わって彼女も15歳になった。
その間この大和も特に変わったこともなく、それなりに穏やかな日々が続いている。

そしてそんな中、穴穂大王(あなほのおおきみ)があることについて悩みを抱えていた。
彼は大草香皇子(おおくさかのおうじ)の暗殺したのち、彼の妃であった中磯皇女(なかしのひめみこ)を自身の皇后にした。また彼女と大草香皇子の子供である、眉輪(まよわ)も一緒に自身の宮に住まわせている。

中磯皇女は、亡き去来穂別大王(いざほわけのおおきみ)の妃であった黒媛(くろひめ)が亡くなった後、新たに立后した草香幡梭皇女(くさかのはたびのひめみこ)との間に生まれた皇女である。そして彼女と穴穂大王は従姉同士の関係だった。

なお彼女の母親である草香幡梭皇女は、大泊瀬皇子と婚姻の話しに上がっている草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)とは別の人物だ。

そして穴穂大王は以前から、そんな中磯皇女に密かに想いを寄せていた。
そのため大草香皇子を暗殺した後、彼は彼女を自身の皇后とする。
中磯皇女の方もそれに対して特に抵抗することもなく、素直に従った。


だがそんな穴穂大王ではあったが、やはり今回の一連のできごとに対して、彼は少し罪悪感を感じていた。

そんなある日のこと、穴穂大王は神床で昼寝をしていた。今はちょうど陽が傾く頃にさしかかっており、そこに彼は中磯皇女を招きよせた。
彼は自身の太刀を横に置き、彼女の膝に寝そべったまま彼女に話しかける。

「なぁ、中磯皇女。君は今、なにか心配なことなどはないか」

穴穂大王はふと彼女にそんな質問をした。やっとの思いで后にした彼女だが、彼女の前の夫を殺して自身の后にした女性だ。そのこともあって、彼女自身が今の現状をどう思っているのか気になった。

「そうですね。大王にはとても大事にして頂いてます。なので心配なことなどは特にありません」

中磯皇女は大王の顔を見て、彼に優しくそういった。

穴穂大王はそんな彼女の表情を見て、自分を恨むこともせず、何の抵抗もなく后になった彼女が本当に不思議に思う。

そんな彼女を前にして、穴穂大王は中磯皇女に自分の悩みを打ち明けることにした。

「俺は眉輪のことが気がかりだ。あの子の父親を殺させたのが、俺自身だということをまだ本人は知らない。
なので将来そのことを知ったら、眉輪は一体どう思うのだろうか。自分を恨み、復讐しようと思うかもしれない……俺はそれが気が気でならない」

眉輪はまだ7歳で、大草香皇子の暗殺の経緯をまだ詳しく聞かされていない。

中磯皇女もそのことには、特に何もいい返すことはせず、ただ黙って彼の話しを聞いていた。



そして丁度穴穂大王がその話しをしている時だった。偶然にも眉輪が穴穂大王の神床の建物の下にもぐり込み、遊んでいたのである。大王の神床は高さがあり、その下は子供なら簡単に入り込める。
そして運悪く彼は穴穂大王の話を聞いてしまう。

「僕の父さまは、今の大王が殺した……」

眉輪は余りの衝撃にその場で動けなくなる。ある日突然彼は父親が死んだことを知らされた。

まだ子供の彼からしても、それはとても辛いできごとである。だがそんな彼を穴穂大王は優しく迎え入れた。
だが実際にはその大王本人によって、彼の父親は殺されていたのだ。