「皇子、もうこちらを向いていただいて大丈夫です」

韓媛(からひめ)は少し恥ずかしそうにしながら、彼にそういった。

それから彼は振り返ったが、特に彼女の体を変にじろじろ見る事もなく、いたって普通にしている。そして彼もとりあえず上の服だけ脱ぐ事にした。

そして、そのまま先程見つけてきた栗に刃物で切り込みを入れて、焚き火の中に放り込む。

韓媛は思わず彼の方を見る。やはり彼はとても体が引き締まっていて、1人の男性に見えた。

(どうしよう、こんな皇子を目の前にしたら、彼の事が変に気になって緊張してくる……)

今は互いに服を脱いで、火の前に座っている状態だ。韓媛は改めて男女の差を痛感させられた。

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は韓媛が余り喋らないので、少し不思議に思った。

「韓媛、どうかしたか。ひどく無口だが」

「いえ、大丈夫です。今は何となくこうしていたいだけですから」

韓媛は恥ずかしさの余り、それ以外何もよう言えなかった。

それを聞いた大泊瀬皇子は、ふと優しい笑みを彼女に向けた。

そんな彼を見て韓媛の心は急に高鳴る。普段は少し傲慢で、態度の大きい彼がこんな表情を見せるとは、正直意外だ。

「俺は今回、本当にお前が死んでしまうのではと思った」

彼はそう言って、焚き火に木の枝を増やした。すると火はさらに勢いを増す。

韓媛も思わず焚き火に目をやった。
そう言えば、今日溺れていた男の子はどうなったのだろうか。
あの後無事に妹と再会出来て、親元の所に帰れていれば良いが。

韓媛がそんな事を考えている時だった。彼女はふと大泊瀬皇子の視線を感じ、ふと顔を上げる。
すると彼は韓媛の事を真っ直ぐ見つめていた。

(こうやって見つめられると、恥ずかしくて仕方ない……)

「大泊瀬皇子、お願いですから余りじろじろ見ないで下さい」

彼女は今布にくるまってはいるが、服を脱いでいる状態である。そんな状況下なので、余計に気恥ずかしかった。


「韓媛……お前は本当に綺麗になったな」

(え!綺麗?)

韓媛は余りに意外な事をいわれてしまい、どう答えたら良いのか分からず、思わず言葉を失なった。

だが彼はそれでも真っ直ぐ彼女を見つめている。一応彼は焚き火の反対側にいるので、側に近付いてくる事はない。

「お、大泊瀬皇子。いきなり何をいってるのですか!」

韓媛は心臓がどくどくなりすぎて、もうおかしくなりそうだ。

(本当に今日の彼は一体どしたの……)

「大泊瀬皇子、そういう事は軽々しくいうものではないです。それに皇子には心に決めてる人がいるのでしょう?」

今回の草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)の婚姻はあくまで建前上のもので、それとは別に大事な女性がいると彼は前回いっていた。

大泊瀬皇子はそれを聞いて、いきなりクスクスと笑いだした。

(一体どうして、笑い出すの?)