「あとそういえば、当時は本当にふざけた事もいっていたのよね。あの皇子は……」

当時、韓媛(からひめ)大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)がいつものように一緒に外で遊んでいる時の事だった。

「なぁ、韓媛知ってるか。俺はいずれ大和にとって、なくてはならない人物になるだろうって、お前の父親にいわれたぞ」

大泊瀬皇子は、韓媛の父親にそういわれて、とても上機嫌である。

だがそれを聞いて彼女は思った。
きっと自分の父親が、皇子に気を遣ってそういったのだろう。これだけの問題児だ、彼が大和の重要な人物になるなど、彼女には到底思えない。

「まぁ、大泊瀬皇子それは本当に凄いわ。お父様もきっと、皇子にそれだけ期待しているのよ」

韓媛は皇子が余りに嬉しそうだったので、水をさしては流石に可哀想と思い、彼の話しに合わせる事にした。

「あぁ、お前も期待していたら良ぞ。もしそうなったら、お前は俺の妃にしてやる」

大泊瀬皇子は、彼女にそんな事を平然としていった。

(また何かのお遊び事じゃないのだから……)

「何で私が皇子の妃になるのよ。それにそういう事って、私まだ良く分からない。私達まだ子供なのだから、そんな事気にしなくて良いんじゃない?」

韓媛は、皇子の話しに対して特に動揺する訳でもなく、至って冷静に答えた。

大泊瀬皇子は、彼女からはっきりそういわれてしまい、思わずムッとした。

「何だよ、人がせっかく妃にしてやるっていってるのに。それにお前こそ、そんなんじゃ誰にも貰ってもらえなくなるぞ」

韓媛はそう言われて、彼は自分よりも年上のくせに、本当に子供だと思った。

「あら、それなら大丈夫よ。私が年頃の娘になったら、お父様がちゃんと嫁ぎ先を見つけてくれるっていっていたわ。
それに大泊瀬皇子の方こそ、いつまでもそんな子供みたいな事いってると、妃なんか見つけられなくなるわよ」

この時代、姫の嫁ぎ先は親が決めるものだと彼女は思っている。それに相手がこんな問題児となると、きっと気苦労が絶えないだろう。

「ふん、大人になって泣き付いてきても、俺は知らないからな」

大泊瀬皇子は、少し拗ねたような口ぶりで彼女にいった。


そしてどういう訳か、それ以降大泊瀬皇子が韓媛の元を訪れる事が無くなってしまった。

これは彼の親や家臣達が、いつまでも遊んでばかりの彼に、もっと皇子としての自覚を持ってもらうためという話しだ。

だがこれはあくまで噂であって、真相は彼女にも分からない。