こうして大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は、その後穴穂大王(あなほのおおきみ)の部屋を後にした。

「やはりこのままだと正妃は、皇女になるかもしれない。だが元々俺自身もその覚悟はしていた。豪族の姫を正妃にすると、豪族の権力を強めてしまう可能性があるからな」

彼がそんな事を考えていると、ふと1人の少女の顔が浮かんできた。今も昔も彼が本当に心引かれる女性は1人しかいない。

そんな彼にとって、この婚姻が心から望めるものかといえば、それは全くの嘘になる。

「俺が大和の皇子でなければ、こんな事をせずに済むのだが。だが皇子でなければ出会う事もなかった。何とも皮肉な運命だな」

(とりあえず、兄上との話しも済んだ事だ。早いところ自分の宮に戻る事にしよう)

雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)が崩御し、穴穂大王が即位した以降、遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)は一旦皇后の忍坂姫(おしさかのひめ)が管理している。

大泊瀬皇子にはまだ他に兄が2人いる。だがこの2人は政り事等に関しては、余り関心を示さない。これも彼からしたら少し気になる所ではあった。

「母上の負担も出来るだけ減らせたら良いのだが、あの2人の兄上は全くもって頼りにならない……」

こうして、大泊瀬皇子は自身が住んでいる遠飛鳥宮に戻る事にした。