そして数日後、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)穴穂大王(あなほのおおきみ)のいる石上穴穂宮(いそのかみのあなほのみや)にやって来た。

「兄上が俺に話しがあると聞いたが、一体何だろうか」

大泊瀬皇子は、穴穂大王が自分に話しがあると聞き、彼の部屋までやってきた。

「あぁ、大泊瀬、お前が来るのを待っていた。とりあえず俺の前に座ってくれ」

穴穂大王にそう言われたので、大泊瀬皇子は彼の前にひとまず座る事にした。
大王のいい方からして、自分に何か頼みたい事でもあるのだろうか。

穴穂大王は大泊瀬皇子が自身の前に座ったのを見て、先日自分が考えていた話しをする事にした。

「実はだな、お前もそろそろ妃を娶ってみてはどうかと考えている。そこで俺の中で色々考えてみたところ、1人候補が浮かんだ」

大泊瀬皇子は、穴穂大王にそういわれて一瞬固まってしまう。

(は、俺に妃だと……)

「兄上、妃なら俺より先に兄上が早く娶るべきでは?」

大泊瀬皇子は思った。確かに自身もまだ妃は娶ってないが、兄の穴穂大王もまだ正式に妃を娶ってはいない。
であれば、自身を優先した方が良いのではと思った。

「まぁ、それはそうだが……お前の場合、早く妃の1人でも娶ればもう少し落ち着きも出て良いかと思ってな」

(それに、俺にはまだ諦めきれていない女性がいる)

穴穂大王には、密かに心に想っている女性がいる。だが相手は、彼にとって今も尚手の届かない人でいる。

「ふん、そういうものか。それで一体誰を俺に勧める気だ」

大泊瀬皇子は少し目を厳しくさせて、穴穂皇子を見た。

「あぁ、相手は俺達の叔母にあたる草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)だ。とりあえず正妃は皇女の方がお前も喜ぶかと思ってな」

それを聞いた大泊瀬皇子は、一瞬とても驚いた表情をした。そしてその後、彼はしばらく黙り込んでしまう。何やら1人で色々と考え込んでいるようだ。

(なる程、草香幡梭姫か……)

そんな大泊瀬皇子の姿を見て、穴穂大王もその場で直ぐに断らないとなると、これは意外に良い返答が来るかもしれないと思った。

そんな穴穂大王が期待を寄せる中、大泊瀬皇子は答えた。

「確かに、正妃を皇女から娶るのは悪くない。それに相手が草香幡梭姫なのも、俺的には好都合だ」

大泊瀬皇子はそうあっさりと回答した。

「そうか、ではこの婚姻の件を大草香皇子(おおくさかのおうじ)に伝えても良いか」

(そうだな。とりあえずこちらの条件も乗せて、その上で叔父上に判断してもらおう)

「あぁ、それで構わない。だが向こうも分かっていると思うが、俺と草香幡梭姫ではわりと年齢が離れている。その点も少し相談した方が良いだろう」

穴穂大王も、もちろんその事は理解している。その上での婚姻なので、あとは大草香皇子と草香幡梭姫の判断に任せる他ない。