そして翌日の朝になった。

韓媛(からひめ)は準備を終えて、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)が乗ってきた馬で一緒に、彼の住んでいる遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)に向かう事にした。

韓媛も一応馬には乗れる。それは彼女の父親の(つぶら)が、娘にもしもの事が会った時に、馬に乗れたら直ぐに逃げられると思ったからだ。

「では、お父様。行って参ります」

韓媛は馬に乗ったまま、見送りに来ていた父親にそういった。

父親の彼からしたら、大事な娘が他の男と一緒に馬に乗って出かけるなんて、心配以外の何ものでもなかった。もし彼女の母親がまだ生きていたら、かなり激怒していた事だろう。

韓媛はそんな円の不安など、全く理解出来ていなかった。

だが、彼女の後ろにいる大泊瀬皇子だけは、そんな円の心配がひしひしと伝わって来ていた。

(大事な1人娘を、今こうやって連れていこうとしている。円も、さすがにこれは心配するだろう)

「じゃあ、韓媛を少し借りる。昨日も言ったが、彼女は責任を持ってここに送り届けるから、安心しろ」

それは娘が、何事もなく無事に帰ってきた時の場合だけだと、葛城円(かつらぎのつぶら)は心の中で思った。

「はい、大泊瀬皇子。娘のことをくれぐれも宜しくお願いします」

葛城円は皇子にそういった。

それから大泊瀬皇子は、馬を走らせて自身の宮へと向かっていった。

そんな2人を、葛城円は姿が見えなくなるまで見送った。

(まぁ、大泊瀬皇子があの約束を守ってくれるのなら、大丈夫だとは思うが)