木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)の事件については、ここ葛城にも直ぐに伝わる事となる。

木梨軽皇子が流刑となり、伊予国(いよのくに)へ旅立ってから早1週間が経過していた。

韓媛(からひめ)軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)とは過去に数回会った事があり、そんな彼女は韓媛より6歳年上の20歳になる。

(かる)の姉上は、木梨軽(きなしのかる)の兄上が伊予国に行って以降、泣いてばかりいた。だが1週間が経ち、ようよく落ち着いて来た」

韓媛は、今日葛城に来ていた大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)を捕まえて、彼から色々話しを聞き出していた。

「まぁ、それは軽大娘皇女もさぞお心を痛めてる事でしょうね……」

韓媛はそんな彼女が不憫で為らなかった。大事な人が遠くに行ってしまい、それが本人にとってはどれ程辛い事か。

また木梨軽皇子の場合、刑が許されでもしない限り、大和に戻る事もまず難しい。

「姉上には気の毒だが、こればかりはどうしようもない。これは、実の兄妹で道ならぬ恋に落ちてしまった2人の責任だ」

大泊瀬皇子は、特に感情を表す事もなく平然としていった。彼の中では既に気持ちの整理は出来ているのだろう。

それよりも今後の大和がどうなるのか、そちらの方が彼にとっては気になる所である。

「大泊瀬皇子、あなたのお姉様なのよ。もう少し気持ちをいたわって上げないと」

韓媛からしたら同じ女性として、彼女の事が心配でならない。相手が本当に心から好いていた者なら尚更だ。

「まぁその点、母上はまだマシだった。父上が亡くなった時は、凄く乱れていたが、それも今はかなり落ち着いている」

そんな大泊瀬皇子の発言を聞いて、韓媛は「はぁー」とため息をついた。

「それは、皇后がわざと弱音を見せないようにしているだけの事。大王と皇后もお互いとても好きあった仲だったのでしょう?」

大泊瀬皇子も両親の仲の良さは、いつも見ていたので良く知っている。父上が大王に即位する際も、母親の説得があったからだこそだ。

「それはそうだが……それに母上は父上の妃になって以降、父上や大和の事をとても良く考えていたと聞く」

そんな大泊瀬皇子を見て彼女は思った。
どうも彼は、自身の目線で人の色恋ごとを見ているような気がする。

(大泊瀬皇子は、きっとまだ本気で誰かを好きになった事がないのね。ただ私も人の事はいえないけど)

彼の場合、見た目もそれほど悪くはなく、体型もとても男らしい。
普通に考えたら、若い娘が言い寄って来ても、全くおかしくはない。

(大泊瀬皇子は、きっとこの性格が問題なのでしょうね。そこさえ変われば……)

そんな彼を見て韓媛は思う。
大泊瀬皇子の、浮いた話しの1つや2つが全く聞こえて来ないのは、彼のこの少し傲慢な態度が関係しているのだろうと。

女性に対しての、口説き文句の1つでも言えたなら、きっと相手の女性もその気になるだろうに。