そして、その日の夜の事である。
雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)の后である忍坂姫(おしさかのひめ)が、大王の部屋に来ていた。

大王は自身の寝床に横たわり、静かにしていた。

彼は少し眠そうにしている。

彼女はそんな彼に対して、ひっそりと一人言のようにして語りだす。

「私もこれまで生きてきて、本当に色々ありました。楽しい事や辛い事も、沢山経験して……」

「あぁ、俺も本当にそう思う。特に君と出会ってからはね」

大王も眠そうにはしているものの、彼女の問いかけには耳を傾けているようだ。


忍坂姫が初めて大王の元に来た時、彼女はまだ10代だった。
そして当時皇子だった彼に出会い、彼女は一目で恋をする。

元々2人の婚姻は、当時の大王や親たちが決めたものだった。だが彼女からしてみれば、本当に純粋で淡い恋だった。

(あの頃は、本当に毎日が慌ただしかった……)

それから2人は徐々に惹かれ合い、次第に互いに愛し合うようになる。
そして本当の夫婦となった後、2人は9人もの子供に恵まれた。


「でも私が心残りなのは、やはり妹の衣通姫(そとおりひめ)でした」

忍坂姫には、元々3歳年下の衣通姫と言う妹がいた。彼女は本当に綺麗で、とてもおしとやかな娘である。

そんな彼女が年頃になり、何かひどく悩んでいるふうだったので、彼女の親達が本人に問いただした。

すると彼女は恋をしていたようで、その相手が、忍坂姫の夫の雄朝津間大王だった。

とは言え、大王は后の忍坂姫を大事にしていたので、衣通姫を后にするつもりはさらさらなかった。

だが衣通姫はかなり思い悩んでいて、このままでは彼女が死んでしまうのではと、周りの人達は心配する。

そこで仕方なく、雄朝津間大王は彼女を妃にする事を承諾し、彼の宮から割りと離れた所に彼女の住まいを作らせる。

だが何かと理由をつけて、彼は衣通姫の元に中々行こうとはしなかった。

そして結局、衣通姫はそのまま寂しく人生を終える事となる。

彼女が亡くなったと聞いて、忍坂姫はずっと泣き続けた。たった1人の妹を、自分は助けて上げられなかったのだ。

「衣通姫、本当にごめんなさい。まさかあなたが大王を好きになるなんて、思いもしなかったのよ」

忍坂姫はそんな妹の事を、色々と思い返していた。

そして彼女はふと雄朝津間大王の事が気になった。
先程から彼が静かだったため、てっきり眠りについたのだと彼女は思っていたが、どうも彼の様子がおかしい。

(うん?大王)

忍坂姫が思わず彼の顔を覗き込んだ。

すると、彼は静かに目を閉じていた。

そんな大王を見た彼女は、しばらくしてやっとことの状況に気付き、その場で声を張り上げて叫んだ。

「お、雄朝津間!!」

何と雄朝津間大王は、自身の部屋で静かに息を引き取っていた。

その後宮内は大騒ぎとなり、大王の子供達も、一斉に彼の元に駆けつける事となった。

忍坂姫は家臣達が来ても、雄朝津間大王からずっと離れようとはせず、「どうしてどうして、死んでしまうのよ!!」
といって泣き叫んでいた。


それからしばらくして、雄朝津間大王の葬儀が執り行われる事となる。


こうして、21年間にわたる雄朝津間大王の治世は、静かに終わりを告げる事となった。