「でも今日、市辺皇子(いちのへのおうじ)がこの宮に来ているとは思ってませんでしたね」

穴穂皇子(あなほのおうじ)は、歩きながら市辺皇子に声をかけた。彼は大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)と違い、市辺皇子の事を割りと慕っていた。

一時期とはいえ、市辺皇子とは一緒に暮らしていた事もある。そんな彼は穴穂皇子にとっては兄のような存在でもあった。

「叔父上が体調を崩してると聞いたからね。それで心配になって、少し様子を見に来ようと思ったのさ」

市辺皇子は幼くして両親を亡くしている。
そんな彼からしてみれば、雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)とその后の忍坂姫(おしさかのひめ)は、いわば親代わりのような存在だった。

「確かに父上の体調は少し心配しています。早く回復すれば良いのですが。(かるの)の兄上の件もあるので、本当に気が気でなりませんよ」

穴穂皇子はそういって、ため息をついた。

(軽の兄上は、今もなお色恋事で揉めている。他の2人の兄弟は、大和がこんな大変な状況下でもあるのに、無関心なままだ。それでもって末の弟皇子はこのありさま……)

穴穂皇子は本当に気苦労が耐えないと思った。

そんな彼の心配をよそに、彼の隣を歩いている大泊瀬皇子は、余り話しに入って来ようとはしなかった。


それからしばらく行った所で、市辺皇子とは別れる事になった。

そしてその後、再び穴穂皇子と大泊瀬皇子は歩き始めた。

「なぁ、大泊瀬。お前が大王の手伝いを色々やってくれてる事には感謝してる。
でも今日は市辺皇子も来てたんだ、もう少し穏便な態度を取らないと……まぁ、昔からお前と市辺皇子が馬が合わないのは知っているが」

「俺は別に、悪い事は何もしてない」

大泊瀬皇子は、特に悪びれる様子もなく彼に言った。彼自身も市辺皇子とは余り気が合わないのは良く理解しているつもりだ。

そのため、彼なりには穏便に済ませたつもりのでいる。

それを聞いた穴穂皇子は思わず肩を落とした。
(はぁーこれは俺が説明しても、どうにもならない)

穴穂皇子の気苦労は、まだまだ続きそうだ。