「そういえば、葛城の韓媛(からひめ)は元気なのか?父親の(つぶら)も、娘の事はかなり大事にしていると聞くが」

穴穂皇子(あなほのおうじ)はふと葛城の韓媛の事を思い出した。彼女も今はそれなりの年頃の娘になっているに違いない。

「別に相変わらずだ。父親が倒れた時は珍しくかなり動揺していた」

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は、無表情でさらっとそういい返した。

それを聞いた穴穂皇子は、思わず「へー」とだけいった。昔から韓媛の話しを持ち出すと、大泊瀬皇子はどういう訳か彼女の事を余り話したがらない。


そうこうしていると、2人はついに大王の部屋の前までやって来ていた。

「父上、穴穂と大泊瀬です。中に入っても良いでしょうか?」

穴穂皇子が部屋の中にいるであろう、雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)に声をかけた。

すると中から大王の声がした。

「あぁ、構わないよ。2人とも入ってきなさい」

雄朝津間大王からの返事が返ってきたので、2人はそのまま部屋の中へと入った。

すると部屋の中には、雄朝津間大王ともう1人青年が来ていた。

2人の皇子は、思わずその青年の顔を見た。

「うん、市辺皇子(いちのへのおうじ)か?」

大泊瀬皇子は思わずその青年に対していった。

市辺皇子は、雄朝津間大王の亡き兄にあたる去来穂別大王(いざほわけのおおきみ)の第1皇子だ。大泊瀬皇子達からすると、彼とは従兄弟同士の関係になる。

彼は幼少の頃より、自身が住んでいる磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)で今も暮らしている。
彼が成人するまでは、雄朝津間大王が一緒に住んで、その宮を代わりに管理していた。またその頃は穴穂皇子や大泊瀬皇子も同様に住んでいた。

そしてその後、市辺皇子が成人したため大王達は今の遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)に移動して来ている。

「今日は私の体調を心配して、わざわざここまで出向いてくれたんだ」

大王が、穴穂皇子と大泊瀬皇子にそのように説明した。

とりあえず2人の皇子は、雄朝津間大王と市辺皇子の側までやって来た。

「市辺皇子、お久しぶりです」

穴穂皇子は市辺皇子に挨拶した。
穴穂皇子から見ても、彼とは従兄弟同士とはいっても、歳が一回り程離れている。

「あぁ、穴穂久しぶりだね。何でも(かるの)が色恋沙汰で大変な事になってから、君が色々上手く回してるんだって?」

市辺皇子は愛想良くして彼にいった。
彼も穴穂皇子達程ではないにしろ、同じ大和の皇子なので、多少なりとも大和の政り事に携わっていた。

そして彼は葛城の荑媛(はえひめ)を娶り、今は2人の皇子もいる。

「はい、まぁ、何とかやれてる感じですね……」

穴穂皇子は少し苦笑いしながら答えた。

最近家臣達から変に期待されている感があり、その事について穴穂皇子自身も、どうしたものかと少し悩んでいた。