大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は、自身の住まいである遠飛鳥宮(とおつあすかのみや)に戻ってきていた。

ここは元々彼の父親である雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)が建てた宮だ。
そして大王は、后や彼の子供達と一緒にこの宮で暮らしている。

そんな中、大泊瀬皇子は大王の体調の様子を見るため、彼の部屋へと向かっていた。

先日の葛城能吐(かつらぎののと)の事件も無事に解決し、皇子自身も、とりあえず一安心している。

(父上が動けない状況の中、今回は大ごとにならなくて本当に良かった……それに俺が最近葛城に行っていたのも正解だったな。最近は豪族間でも問題が色々と起こりやすい)

皇子がそんな事を考えながら歩いていると、ふと急に誰かが声をかけてきた。

「おい、大泊瀬(おおはつせ)。お前も父上の所に行くつもりか?」

彼が後ろを振り向くと、そこには1人の青年が立っていた。

彼は穴穂皇子(あなほのおうじ)と言い、雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)の第3皇子で今年21歳になる。
そして大泊瀬皇子からすると、彼は3番目の兄にあたる人物だ。

「あぁ、穴穂(あなほの)の兄上だったか……」

そんな弟皇子を見つけた穴穂皇子は、そのまま彼の元にやって来た。
木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)が動けない状況の中、今もっとも頼りにされているのがこの穴穂皇子だ。

「お前も、父上の容体を見に行くのだろう?俺も丁度そのつもりだから、一緒に行かないか」

それを聞いた大泊瀬皇子は、自身も同じ理由だったので「あぁ、分かった」といって、彼と一緒に行くことにした。

2人が大王の部屋に向かって歩いていると、ふと穴穂皇子が大泊瀬皇子に声をかけてきた。

「そういえば、先日葛城の方で問題ごとがあったそうだな」

大泊瀬皇子はそれを聞いて、恐らく先日の葛城能吐の事だろうと思った。

「あぁ、そうだ。葛城能吐が葛城円(かつらぎのつぶら)を陥れようとしていた。
自身が葛城の実権を握りたいがために」

ただでさえ、今大和では色々と問題事が多い。そこに豪族間での争い事など、彼自身も正直余り関わりたくはなかった。

(あの時韓媛(からひめ)は凄く追い詰めていた。そんな彼女を見てしまうと、流石に助けない訳にもいかない)

大泊瀬皇子は、あんなに動揺した彼女を見たのは初めてだった。
彼女は自分の前で涙を流し、かなり取り乱していた。

「ふーん。葛城能吐がな……まぁ、葛城もこれにこりて、当面は大人しくなるだろうか。豪族の権力が強いと、本当にこちら側もやりづらい」

穴穂皇子は少し嫌みたらしくしていった。今の大和は豪族との連合政権である。
そのため、この時代は葛城のような豪族達の影響力がとても強かった。

「本当に、全くだ。まぁ葛城円はそれなりに話しの出来るやつではあるが」

(隣の大陸や半島では戦が絶えないと聞いている。そんな中、この国がもし攻められでもしたらたまったものではない。そのためにも、もっと強い統治をして、この国をまとめ上げなければ……)

大泊瀬皇子は、穴穂皇子と一緒に歩きながら、ふとそんな事を考えていた。