「今回は大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)には本当に感謝してます。もし犯人が捕まらなかったら、今頃私の父はどうなっていた事か……」

彼女はそういうと、また感情が込み上げて来た。

「俺は別に、そんな対した事はしてない。元々(つぶら)には、俺が小さい頃から色々と世話になっていた」

大泊瀬皇子は特に何ともないような感じで、彼女にそう答えた。

「あの事件があって以降、私皇子にはずっとお礼を言いたいと思ってました。父を助けて下さって本当にありがとうございます」

韓媛(からひめ)は彼に対して、ただただ感謝の思いでいっぱいだった。
そんな彼女の態度を見て、大泊瀬皇子も少しやれやれといった感じの表情を見せる。

彼が思うに、韓媛はとても賢くて聡明な娘の印象である。そんな彼女がこんなにしおらしい態度を見せるのは、本当に意外だなと思った。
出来る事なら、子供の頃にこんな彼女を見てみたかったと思う。

「まぁ、お前が元気そうで俺も安心した。所でちょっと、お前に聞きたい事がある」

どうやら大泊瀬皇子がここに来たのは、その事を聞くのが目的のようだ。

「私に聞きたい事ですか? 皇子一体どのような事でしょう」

韓媛は一体何の事だろうと思った。

「今回の件で、能吐(のと)相手にお前は毒の話しをしていた。しかも奴が俺に濡れ衣を着せようとしてた話しまで。どうしてお前はその事を知っていた?」

それを聞いた韓媛は、内心「しまった!」と思った。あの時は自分も本当に必死で、そんな事を考えずに能吐に話していた。
それにまさかあの場面で大泊瀬皇子が現れるなんて、誰が想像出来ただろうか。

(これは油断していたわ。とりあえず今はどうにかして彼に誤魔化さないと)

「大泊瀬皇子、申し訳ありません。私も父は何か毒を盛られたのではと、あの時考えてました。
それで能吐を見て、何故か彼が怪しい気がしたもので……それで思わず彼にかまをかけてみました」

大泊瀬皇子は、それを聞いてとても驚いた。まさか彼女が、そのような事をするとはとても想像がつかない。それ程までに、 あの時は父親の事で気が動転していたのだろうか。

「ふーん、それは意外だな。お前がそんな行動に出るとは……まぁ、お前が何かしたとは全く思っていない。ただ俺が少し気になっただけだ」

大泊瀬皇子にそういわれて、韓媛はとりあえず安心した。

(大泊瀬皇子に信じてもらえて、本当に良かったわ)

「でも、大泊瀬皇子もとてもご立派になられましたね。子供の時とは本当に別人だわ」

韓媛は少し嬉しそうにしながら、彼にいった。これは彼女からしてみても本心である。