韓媛(からひめ)、お前も大人しくしていれば良いものを。そこまでいわれてしまえば、このまま放っておく訳にはいかない。少し痛い目にあってもらうぞ」

そう言って能吐(のと)は韓媛に近付いていった。
韓媛は彼に恐怖を感じ、思わず後ろに少し下がった。そしてそのまま逃げようとしたが、能吐に腕を捕まれてしまう。

「ちょっと離しなさい!!」

韓媛がそう叫んだが、能吐はそのまま韓媛をどこかに連れて行こうとした丁度その時だった。

「おい、能吐。そこまでだ」

韓媛が思わずその声が誰か見ると、それは大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)だった。

皇子は直ぐさま韓媛達の元にやってきて、韓媛から能吐を強引に引き離すと、その場で彼を思いっきり力を込めて殴り飛ばした。

「ぐぁ"ぁ"!!」

すると能吐は、そのまま勢いよく飛ばされてしまう。

「韓媛、大丈夫か!」

韓媛は大泊瀬皇子にそういわれて、思わずこくこくと頷いた。

彼女が無事なのを確認すると、自身の剣を勢いよく抜いて、能吐に突き出した。
彼の目には、かなりの怒りを含んでいた。

「おい、能吐!! お前と韓媛の話しは全部聞いていた。毒の件は直ぐに大和に調べさせる。元々(つぶら)の状態からして、誰かに毒を盛られたのではと俺も疑っていた」

(大泊瀬皇子……あなた、そこまで考えていたの?)

韓媛はそれを聞いてとても驚いた。

「昨日もそれが気になり、ここに泊まって探っていた。そしたらお前もここに泊まっていて、皆が寝静まった頃に妙な行動をしていたと聞いている。恐らく今回の証拠となる物を処分するつもりだったのだろう」

能吐もそこまで皇子にいわれ、顔色が徐々に蒼くなっていた。

「お、大泊瀬皇子。待ってください! 昨日は円が倒れたと聞いてやって来ただけです。それに先程の話しも勝手に韓媛がいっただけの事」

すると、大泊瀬皇子は酷く不気味な笑みを浮かべて能吐にいった。

「ふん、本当なら今ここでお前を殺したい所だが、まだ色々聞きたい事もある」

こうして能吐は大泊瀬皇子によって捉えられ、その後色々と調べを受けさせられる事になった。

本人は自分はやっていないと必死で訴えたが、その後大和から能吐が毒を手に入れた事実も発覚した。この毒は元々他の国から手に入れた物で、大和でしか手に入らない代物だった。

そして能吐は、大和と葛城の両方での処分を受ける事になり、その後処刑される事になった。

またその毒の解毒剤もあった事から、葛城円(かつらぎのつぶら)もそれを飲んで、その後の副作用が出る様子はない。

葛城円も自分の従兄弟である能吐が、まさかこのような事をしでかすとは、夢にも思わなかった。
そのため、今回の件については彼もかなり驚いている。

だが今回の事件では、娘の韓媛にも危うく危害が出る所だった。
そして自身の立場上、彼に情けをかけては他の者達に示しがつかないため、彼の処刑に同意する事にした。