「大和がもっと豪族や倭国に強い影響力を持つようになれば、正妃は皇女じゃなくても良くなるかもしれないからな」

「まぁ、そうかもしれないですが……」

韓媛(からひめ)は少しふに落ちない気もするが、今は彼のいうことに従っておこうと思った。

「とりあえず、お前には丈夫な子供を生んで貰いたい。次の大王となる皇子を産めるのは、韓媛しかいないからな」

韓媛もそれは十分に分かっていた。だが産まれてくる子供が皇子でなかったらどうするつもりなのだろう。

「でも、私が姫ばかりで皇子を産めなかったらどうするつもりなのですか?」

「あぁ、そのことか。市辺皇子(いちのへのおうじ)が亡くなった後、あいつの息子2人が姿を消したことはお前も聞いてるよな。
恐らく父親が俺に殺されたので、身の危険を感じて遠くに逃げることにしたのだろう」

それは恐らく億計(おけ)弘計(をけ)のことだ。

「確かに、あの2人も大和の皇子だわ」

(あの2人は私よりも若いのに、本当に可哀想なことをしてしまったわ)

「俺は今後も、あの2人を追いかけるつもりはない。万が一のことを考えると、俺の近くにいない方があの2人は安全だ」

そして大泊瀬は韓媛の手を握っていう。

「だがまずは俺達の子供だ。俺達の子供が無事に産まれて、元気に育ってくれることを祈りたい。それにおれは正直姫も欲しい。きっとお前に似た綺麗な子だろうから……」

つまり大泊瀬大王は、何だかんだで自分の子供が産まれてくるのが嬉しいのだろう。

「そうですね。私も初めてのことですし、不安も大きいですが、頑張って産もうと思います」


それから韓媛は彼の胸に持たれ、彼女の方には彼の腕が回される。

そして2人は暫くぼーっと廻りの景色を眺めていた。


「私達はこうして今一緒にいられますが、皆が皆幸せになれた訳ではないんですよね」

「あぁ、そうだな。俺達だって一歩間違っていれば、そうなる可能性だってあったからな」

2人はこれまで度々生命の危険にさらされることがあった。また大和と豪族の間に亀裂でも入れば、婚姻事態が出来なくなっていたかもしれない。

「私、人の恋や想いはとても儚いものだと思います。人の心はとても繊細で、ちょっとしたことでも泡のように儚く消えてしまいそうで……」

それを聞いた大泊瀬は思わず彼女を見つめた。韓媛もそんな彼に優しく微笑みかけて、さらに続けていう。

「でも、それでも人はその想いを捨てることができない。まるで衣のようにその想いを自身の身にまとって……」

「それには俺達も含まれているのか?」

彼は少し心配そうにしながらいった。

「そうかもしれないですね。でもそれでも良いと思います。儚く消えてしまいそうな恋でも、私はその想いを身にまとって生きていきたい。だってそれはあなたへの想いだから」

それを聞いて彼も少し納得したのか、彼女を自分に向かせていった。

「あぁ、どんなに儚い恋だったとしても、俺もお前の想いを離すつもりは永遠にない」

「大泊瀬……」


そして彼女は思いっきり彼を抱きしめた。
この想いを絶対に離すまいとして。





この先、大和にどんな運命が待ち受けているのか、今の2人には分からない。


だが人の想いが続く限り、時代は時を巡っていくだろう。


その中で、いつかきっとその想いがむくわれることを願いたい。



それは儚くも美しい、泡沫の恋をまとって


          END