韓媛(からひめ)大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)の元にやってくると、彼も彼女の存在に気がついたようで、彼女に歩み寄ってきた。

「韓媛、突然で済まない。今日は外でお前と話しがしたいと思ってな」

大泊瀬皇子は至って落ち着いた様子で、何か良くない話しをする感じには見えず、そんな彼を見て韓媛も思わず安堵した。

その後2人は、どちらからともなく手をつないで歩きだした。

そして彼女の住居から少し離れた所までくると、大泊瀬皇子は歩くのをやめた。

それから彼は1度韓媛から手を離して、少し距離をあけた状態で彼女と向き合う。

(一体どんな話しなのかしら?)

それから大泊瀬皇子は、彼女を真っ直ぐ見つめて話しを始めた。

「韓媛、お前も周りの人間から聞いていると思うが、今回いよいよ新しい大王を決めることになり、それで正式に俺の即位が決まった」

韓媛はそれを聞いて、やはりその件のことだったのかと思った。そしてこれは彼女にも関係のある話だ。

「大泊瀬皇子、いよいよ大王になられるのですね」

韓媛はそう彼に答えた。このことは彼女自身も既に覚悟はしている。

「ああ、そうだ。そしてそれと平行して、少し前に草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)の元にも行ってきた。彼女に正式に婚姻の申し込みをする為に」

(そうだったわ。その件もまだ残っていたのよね……)

韓媛はそのことに対して少しだけ動揺する。大泊瀬皇子は元々、正妃は皇女から向かえることを望んでいた。それだけは彼も譲れないのだろう。

「そして俺の条件である、この婚姻はあくまで建前上のものであることを含めて、彼女はこの婚姻に了承した。
俺も彼女とまともに話しをしたのは今回が初めてだったが、互いの意思もしっかりと理解でき、綺麗に話しをまとめることができた」

(やはり、この婚姻はまとまったのね)

この時代の大王ともなればそれなりの責任がある。そして複数の妻を娶ることも悪いことではなく、むしろ後継者となる人物を確実に残して行く上でも重要なことだ。

「大泊瀬皇子、それは本当に良かったです。皇子が大王になられるのなら、やはり同じ皇族の方を正妃におかれる方が賢明でしょう」

大泊瀬皇子はそんな韓媛の発言を聞いて、思わず肩を落とす。

「韓媛、お前のその聡明なところは本当に感心する。だが今回ばかりはもっと年頃の娘らしく、駄々を捏ねて貰いたかった……」

大泊瀬皇子は少し寂しそうな表情で彼女にそういった。