そんな大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)を見て草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)はついに耐えられなくなり、思わず笑いだしてしまった。

「皇子、ごめんなさいね。何故か酷く可笑しくなってしまって。その娘のことは他には話してないので、安心して下さい」

だがそうはいっても、彼女的にこの話しはとても愉快だったのか、暫く笑いが止まらないでいた。

そしてその後、草香幡梭姫はようやく落ち着いたようで、先ほどの続きを話しだした。

「とりあえず、私はあなたの条件を飲んだ上でこの婚姻を受け入れます。あなたも私のことは気にせずに、その娘を大事にしてあげて下さい」

それを聞いた大泊瀬皇子はとても感極まり、思わず彼女に頭を下げる。

そして彼は声をあげて彼女にいった。

「草香幡梭姫、あなたには本当に感謝します。本当の夫婦にはなれないが、それでもあなたが安心した生活を送れるよう、できる限りのことはさせて頂く」

(これできっと全てが上手くいく……)

大泊瀬皇子は心の中でそう呟いた。

そんな大泊瀬皇子を見た草香幡梭姫は少し微笑んで彼にいう。

「皇子、お願いですから顔を上げて下さい」


彼女にそういわれたので、大泊瀬皇子はゆっくりと顔を上げた。

大泊瀬皇子は今周りから、自身の目的の為なら、実の兄弟や親戚でさえ平気で殺してしまう者だと噂されている。
だが今の彼は、歳相応のまだ子供の面影が残る少年の顔をしていた。

そんな大泊瀬皇子の様子を草香幡梭姫も感じとったようで、まるで自身の子供を見るような目で彼にいう。

「この話しは今まで限られた人にしか話してなかったのですが、私もかつてはとても愛した男性がいました。
でもその人は私と一緒になれるほどの身分を持っていなかったんです。
それでも私と彼は将来一緒になろうと心に決めていた……」

大泊瀬皇子は何故急にそんな話しを自分にするのか、ちょっと不思議に思った。

そんな皇子の思いをよそに、彼女は続けて話す。

「当時私の父はすでに亡くなっていたので、私のことに関しては、兄が親代わりとして見てくれていました。
なので必死で兄を説得し、やっとの思いで許可をもらった矢先に、彼は死んでしまった……」

大泊瀬皇子もこんな話しは大草香皇子からは全く聞かされていなかった。
もしかすると草香幡梭姫と自身の婚姻の妨げになると考えていたのかもしれない。

「どうして、その男性は死んでしまわれたのですか?」

大泊瀬皇子は草香幡梭姫にその男性の死因を尋ねた。

「はい、何でも私の元に向かっている途中で、急に乗っていた馬が暴れだしたそうです。
そしてその馬から振り落とされてしまい、彼はそのまま即死でした」

それを聞いて大泊瀬皇子は思った。

こんな話を自分に話せるようになるまで、一体どれだけの年月を有したことだろうかと。

やっとの思いで婚姻を認められた矢先に、相手が死んでしまったのだ。
それは彼女にとって相当な悲しみだったことだろう。