(もう、2人の関係は既に終ってしまったのかもしれないわね……)

韓媛(からひめ)はとりあえずそう理解することにした。

そもそも2人の婚姻の話しは韓媛が生まれるよりも前の話である。
そんな昔のことを今もお互いに気にするのも少し変だろう。

市辺皇子(いちのへのおうじ)はそんな阿佐津姫(あさつひめ)を見て少しやれやれといった表情を見せた。

だが彼からしてみれば、彼女からいわれる嫌味の1つや2つは別に珍しいことでもないだろう。

「阿佐津姫、お前は俺に一体何を期待しているんだ。残念だが、今ここでお前が期待するような言葉をいうはずもないだろう」

阿佐津姫は市辺皇子にそうあっさりといわれてしまい、ますます腹を立てる。そしてさらに彼に罵りをかけていった。

「あなたなんて本当に嫌いよ。そうやっていつも私を馬鹿にするようなことばかりいってきて……
他の人にはいつも愛想良くするくせに、その癖本音では何を考えてるのかさっぱり分からないわ」

阿佐津姫はもうこれ以上ここで話をしても無駄だと思い「もう、私は行くわ」といってその場を離れようとした。

するとどういう訳か、市辺皇子はいきなり阿佐津姫の腕をつかんで彼女が離れようとするのをやめさせた。

「ち、ちょっと離しなさいよ! もうあなたとの話は終わりよ!」

阿佐津姫は無理やり彼から腕を振り払おうとした丁度その時だった。

急に市辺皇子がを思いっきり彼女を抱きしめる。

「お前は本当に何も分かってない。俺達の関係はもうとっくに終わってる。俺はお前に優しい言葉なんて何一つかけてやれない……」

市辺皇子はそういうと、さらに阿佐津姫を強く抱きしめる。

阿佐津姫は彼のいっている言葉の意味をどうやら理解しているようで「やっぱりあなたは嫌いよ」といって、彼の胸にうずくまる。

そして少し目からは涙を浮かべていた。

そんな彼女を市辺皇子は無言でただただ抱きしめている。


そんな2人のやり取りを隠れて見ていた韓媛はかなりの衝撃を受ける。

この2人の間に、かつては恋愛感情もあったのだろう。だがきっと何かの問題や行き違いが出来て、結局2人は一緒にはなれなかったに違いない。

そして2人はそのことに対して、きっと今も後悔と相手に対する想いを引きずっている。

(この2人に一体何があったのかしら……)


韓媛は流石にこれ以上ここに隠れて聞いているのは悪い気がして、2人に気付かれないようにしながら、そっとその場から離れることにした。