「あぁ、そのことね」

だが阿佐津姫(あさつひめ)は特に驚いたり、動揺する訳でもなく、何とも平然とした口調で答えた。

彼女からすればかなり昔の話しなので、もう今さら特に動揺する訳でもないのだろうか。

「私昔からどうも彼とは気が合わないのよ。いつも上から目線だし、一緒になったって疲れるだけだわ」

阿佐津姫は本当にやれやれといった感じで韓媛(からひめ)にそう答えた。どうやら市辺皇子(いちのへのおうじ)のことは特に何とも思っていないような口調だ。

(大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)も市辺皇子のことは苦手に思っているようだし、そういうものなのかしら……)

韓媛から見たら、市辺皇子は年の離れたとても優しい兄みたいな存在で、苦手に思うことは今まで全くなかった。

市辺皇子と、阿佐津姫や大泊瀬皇子はそれぞれ従兄弟同士なのに、何故ここまで気が合わないのだろうか。

「まぁ、そういうものなのですね」

(ここに来る時の市辺皇子と阿佐津姫は割りと落ち着いて話しているふうに見えたけど、本音は違っていたということなのかしら)

韓媛は彼らが何とも不思議な関係に思えて仕方ない。

「私が思うに、あなた達は変に意地をはる所もあったようにも見えるけど。まぁこればかりはどうしようもないわね」

忍坂姫(おしさかのひめ)が横から話しに少し入ってきた。

結局最終的には本人達が決めたことである。周りがとやかくいったところで仕方ないのだろう。

(でも市辺皇子は、阿佐津姫のことをどう思っていたのかしら。
大泊瀬皇子と一緒で皇女が良いと思ったか、それとも本心では彼女を好いていたということは……)

ただこれは市辺皇子本人に聞かないと分からないことだ。だが内容が内容なだけに、韓媛も中々彼には聞きずらい。

「それにしても、市辺皇子と大泊瀬はいつになったら帰って来るのやら……」

忍坂姫はそういって少しため息をついた。

息長まできても、2人は互いに極力関わりたくないように見える。

韓媛もそんな忍坂姫を見て、きっと彼女も色々悩んでいたのだろうと思った。

今大王が不在なこの状況下で、あの2人が険悪になるのは余りよろしくない。ここしばらく間に、数人の大王や皇子が亡くなっている。

(次の大王は恐らく、実質大泊瀬皇子と市辺皇子のどちらかになるはずだわ)

大泊瀬皇子はこのことについて、何故か韓媛には全く話そうとしない。なので彼女も彼の前ではあえてこの話題には触れずにいた。

(大泊瀬皇子は本当の所どう考えてるのかしら。自分が次の大王になりたいと思ってるの?)

だが内容が内容なだけに、もし彼に聞くなら、2人でいる時に聞いた方が良いだろう。
どこで誰に聞かれるか分からないので、下手な話しは控えるべきだ。


それからしばらくして、やっと2人の皇子が戻ってきたので、韓媛達も一旦解散することにした。