「それはそうだ。あいつは私の元に嫁いだばかりに、あんなに体を悪くしてしまった」

 だが椋毘登の母親は、元々から体が少し弱かった。そして彼も、そのことは婚姻を結ぶ前から知らされていたばずだ。

「母上の体が弱いのは、何も父上に責任がある訳では無いと思いますが」

「いや、私のせいだ。お前の母親が元々体が弱いのを私は知っていた。それにも関わらず、私は彼女を妻にと娶ったんだ。そしてお前達を産んでからは、体をさらに悪くしてしまった」

 彼はそういって、少し寂しそうな表情を椋毘登に見せる。これではまるで、父が母のことをとても深く想っている風に見えてくる。

「それではまるで父上が、母上のことをとても大切に想っているよう思えますが」

「当たり前だ。でなければ彼女を妻にとは思ったりしない。だが結果的には、彼女を不幸にしてしまったのだと思うのと、彼女に中々顔を出してやれなくてな」

 ここにきて椋毘登は、やっと父親の本心が見えてきたようた気がした。彼はずっと己のことを責めていたのだ。

「父親、別に母上は父上のこと恨んでなんかいません。父親が母上を大事に思うなら、もっと母上に会ってやって下さい。それが母上の1番の望みなんです!」

 それを聞いた小祚は、とても驚いた様子を見せる。彼はただただ不器用な人だっただけなのだ。

「何、あいつは俺に会いたいと思ってくれていたのか。そうか、そうっだったのか...」

「はい、1日でも沢山母上に会いに来て下さい。あとは弟達にも」

「......分かった、では今後はそのようにする」

「えぇ、ぜひそうして下さい。では、俺はこれで失礼します」

 椋毘登はそう話してから、ふらりと立ち上がりる。元々ここには、稚沙との事を伝えるだけの用事だったので、余り長居するつもりはなかった。

 そして彼がその場を出て行こうとすると、小祚は慌ててそれを引き留めた。

「椋毘登、私はお前の母上のことをとても大切に想っている。だがそれはお前達息子も一緒だ」

「え?」

「特にお前はとてもしっかりした子だから、何も心配はしていない。だがそれでも何か困ったことがあれば、気軽に相談にきなさい。こんな父親でもお前達よりは長生きしているからな」

「わ、分かりました......今回の婚姻の件もあるので、また伺うかと思います。では俺はこれで」

 椋毘登は突然の父親の話にどう反応して良いか分からず、あっさりそう答えてから、父親の部屋をあとにした。

 椋毘登はそれから回廊の側を暫く歩いたのち、思わずその場に立ち止まった。今は季節も初夏になり、日差しが回廊の基壇の斜め上から差し込んでくる。

「本当に父上には参るよ。今まで母上や俺たち子供のことなんて、何も気にとめてないとばかり。どうしてもっと早く話してくれなかったんだ......」

 椋毘登は少し涙ぐんでいるのを、自身の袖で拭き取る。そこには、普段は余り見られない年相応の青年の姿があった。

 そして彼は蘇我の自身の自宅へと戻っていった。