稚沙(ちさ)厩戸皇子(うまやどのみこ)は、彼の馬に乗ると意気揚々と外へと出掛けて行った。

 今日は寺付近の視察を兼ねているので、馬の走る速さも常歩程度と、割りとゆっくりめで進んでいく。

 外では近くに工房もあるようで、ここでは鉄や銅製に加えて、メノウや琥珀、水晶等の玉、また色鮮やかなガラス玉も作られている。

 飛鳥の人々は、この時代の半島の最新技術をいち早く取り入れていた。そしてこれらは、宮廷や豪族達の身辺にも使われてはいたが、最近は仏像の装飾にも使用され始めている。

「厩戸皇子、この辺りも活気だしてきましたね」

「そうだね、仏像作りが始まったものだから。我こそは、と皆とても張り切っているんだろう」

 そして2人の乗った馬はなおも進んでいく。

 しばらくすると何人もの人だかりが出来ているのが見えてくる。そしてその人達は何やら少し困惑したような表情をしながら、ひそひそと話をしている。

「あら、何かしら?厩戸皇子、あそこで何か人だかりが出来てますね」

「本当だな。どれ、ちょっと様子を見てみよう」

 厩戸皇子はそういうと、そのまま馬をその場所まで走らせた。

「おい、お前達、一体何があったんだ」

 その場にいた人達は、突然の厩戸皇子の登場に、皆腰を抜かさんばかりに驚いた表情をする。突然に皇子が現れたのだ。こんな風に取り乱すのも当然だろう。


 するとそのうちの中年の男が1人、慌てて皇子の前に出てきたのち、彼に対して深くお辞儀をする。

「これは厩戸皇子、このような場面をお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いや、別にそれは構わないが。一体ここで何があったんだ。騒ぎでも起こっているのか?」

「い、いえいえ、そういった部類ではないのですが、少しばかり面倒なことになりまして……」

「うん?面倒なことだと」

 厩戸皇子と一緒に馬の上で聞いていた稚沙も、何のことだかさっぱり分からず、思わず首を傾げる。

「はい、実はここの者の仏像が完成したのですが。その仏像は金堂の戸よりも高く、中に入らないと困っていたのです。それでこれはもう、戸を壊すしかないかと」

「なるほど、仏像が金堂に入らなくなってしまったのか。よし、では私にもその現物を見せてくれないか」

「おぉ、厩戸皇子なら、何か奇跡を起こせるかもしれませんね」

 男はそう話すと、馬に乗ったままの厩戸皇子達をその金堂にすぐさま案内してくれる。

 そして彼らが金堂の前までやってくると、側に仏像も置かれており、男の話のように、その仏像は確かにかなりの高さだった。

 そこにはこの仏像の持ち主もいて、とても頭を抱えている様子が垣間見られた。

(これは本当に大変な作業だわ、確かにこれはもう戸を壊すしかないかも)

 厩戸皇子は自身と稚沙を馬から下ろすと、この仏像の持ち主の元に駆け寄る。相手の男性も、彼を見るなりあたふたとしながら、必死で今の状況を説明しているようだ。

 稚沙がそんな皇子たちの様子を見ていると、急に雪丸が袋から顔を出してきた。本人も初めて見る光景なのだろう、辺りをキョロキョロとさせる。

「雪丸も、興味がありそうね。でもあなたの主はまだお話し中だから、少し仏像の方でも見にいきますか」

「うぁん!」

(まさかこの子、本当に人の言葉が分かるなんてこと……)


 稚沙はそんな雪丸を抱えたまま、皇子の邪魔をしてはいけないと考え、とりあえず仏像の側までいってみることにした。