「今は椋毘登(くらひと)善徳(ぜんとこ)殿も仕事や用事があるそうで、2人もいないんです。私も今日はどこまでこの書物の仕分け作業が進むか……」

「ふーん、今日は法興寺(ほうこうじ)の人達も何かと忙しいみたいだね。恵慈(えじ)も今日中には帰ってくるとここの者から聞いてはいるが」

 厩戸皇子(うまやどのみこ)は稚沙にそう話すと『うーん、どうしたものか』と独り言のようにいいながら、何やら考えごとを始めた。

(厩戸皇子、一体どうしたんだろう?)

 稚沙がそんな様子の厩戸皇子を見つめていると、急に彼は何か閃いたらしく、彼女に一つの提案を持ちかける。

「よし、それなら私も稚沙の仕分けの仕事を手伝うよ」

「え、厩戸皇子がですか!」

「あぁ、そうだよ。それにここには珍しい書物が沢山ある。なので良い物があれば恵慈や善徳にお願いして借りたいのさ」

 つまり厩戸皇子は、稚沙の仕分けの仕事を手伝いながら、自身が読みたい書物を探したいらしい。

「まあ、書物の物色には最適かもしれませんが、皇子に女官の私の仕事の手伝いをさせたなんて、椋毘登達に知られたら……」

 稚沙が思うに、善徳がこのことをどう思うかは正直分からない。だが椋毘登からは確実に怒られるだろう。

(何だか、椋毘登の怒る姿が目に浮かぶ)

「まあ、もし誰かに何かいわれたら、私が上手く説明してあげるから大丈夫だよ。それに私の仏教への思い入れは、恵慈達もよく理解しているしね」

「そ、そうですか。厩戸皇子がそこまでおっしゃるなら……では、宜しくお願いします」

(まあ、厩戸皇子の仏教への探究心は相当なもの。私は皇子の頼みごとに素直に従ったということで、何とかなるかしら?)

「よし、そうと決まったら早速取りかかろう!雪丸はその辺に置いておいたら良いよ。今はまだ眠っていたいだろうから」

 稚沙は彼にそういわれたので、雪丸(ゆきまる)をそっと壁のそばに連れて行き、ゆっくりと下に降ろしてやる。皇子のいうとおり、この子犬はまだ眠いようで、直ぐさま目をつぶってしまう。


 それから2人は早速書物の仕分けに取りかかることにした。

 稚沙は自身の横で要領よく書物の仕分けをこなしていく厩戸皇子を見て思った。彼は稚沙から見ても、とても気さくで心穏やかな青年である。
 なのでたまにうっかり忘れてしまいそうになるが、彼はこれでも大和の皇子であり、国の摂政を任されている重要人物だ。

(何だか私よりも厩戸皇子の方が全然仕事が早い気がする……こ、これはまずい。女官の意地にかけても、ここは皇子よりも絶対に早く仕事を済ませないと!)

 稚沙もここにきて、何やら仕事への闘志をめらめらと燃やし始めた。只でさえ皇子にこんな雑用のような仕事を手伝わさせているのに、自分の方が仕事が出来ていないなんてことになれば、それこそ椋毘登達によういい訳が出来ない。


 こうして2人は並みならぬ早さで、書物の仕分け作業を進めることになった。