「ちなみに椋毘登(くらひと)と出会う前は、よく故郷のことを夢に見ていたの。夢の中ではいつも(とび)が出てきて。それで一緒に遊んだり、生駒の山の方まで走って行ったりして」

「おい、ちょっとまて稚沙(ちさ)。飛って誰だよ!」

 椋毘登は思わず驚いて彼女に問いたたした。これまで彼女の口からそんな名前の人物は、一度も聞いたことがない。

「えっと、飛は故郷で飼育していた馬なの」

「はあ、馬!?」

「うん、そうなの。その子生まれた時からずっと見ていたからか、私にとても懐いていて。それにすっごく可愛いの!」

 椋毘登はそれを聞いて愕然とし、思わず拍子抜けしてしまう。彼はどうやら相手が生身の人間だと勘違いしていたのだ。
 それに彼女の故郷は、馬の飼育がさかんな地域だ。きっと夢の中でその馬に乗って、草地を壮快に走り回っていたのだろう。

「ふーん、馬ね。生まれた時から育てていたのなら、そりゃあ愛着も沸くんだろうな」

「本当にそうなの。飛、今も元気にしてるかな。と、飛……」

 稚沙は急に故郷の愛馬を思い出し、ふいに寂しさがつのってきて、また涙が込み上げてきた。彼女にとってこの馬は大事な家族なのだろう。

「あぁ、もう、お前って本当に涙もろいところあるよな。また今度の休みの日に会いに行ったら良いだろう?」

 椋毘登はこれ以上泣かれては流石に面倒だと思い、とっさに稚沙に歩み寄ると、彼女の頭をやさしく撫でてくれる。どうも彼女は人に頭を撫でられると落ち着くらしい。

 だがそんな様子の稚沙を見て、今度は椋毘登が何かを思い出したようで、彼女が落ち着くのを確認したのち、ふと彼は話を始めた。

「そういえば俺も、お前と出会うよりも前から、時々不思議な夢を見ていたんだ」

「え?不思議な夢」

 稚沙は椋毘登の突然の話に、一体何の夢だろうと思わず首を傾げる。

「それでその夢を見ている時、俺の前には毎回同じ人物が現れるんだ」

「同じ人?」

「あぁ、見た目は俺より数歳年上ぐらいの青年だ。髪を美豆良(みずら)でまとめていて、服装も少し古い感じはしたけど、わりと立派そうだった。きっとそれなりに身分の高い人だったんだろう」

 彼の話からして、恐らくその青年は、椋毘登や稚沙が生まれるよりも一昔前の人のようである。

「そんな人が、椋毘登に一体何をしているの?」

「それが何か良く分からなくて『おねがいだ』とか、『どうか助けてほしい』って感じのことをいってくるだけなんだよ」

 それは聞いた稚沙はひどく驚愕し、思わずゾーッとした。それではまるで何かの亡霊にでも訴えかけられているようではないか。