「わぁ、やっと着きましたね。ここが佐由良(さゆら)様が話されていた丘の上なんですね」

忍坂姫(おしさかのひめ)は丘の上からここら一体の村や景色を眺めた。桜は散ってしまっているが、木々と一緒に農民の住居や田畑が見えて、確かにここは村一体を見渡すのには丁度良いと思った。

「えぇ、そうなの。だから大王も良くここから村を見渡しているわ」

佐由良は彼女にそう答えた。大王は自身だけで来る事もあれば、佐由良や阿佐津姫(あさつひめ)と一緒に見に来る事もあるのだそうだ。

「本当に素敵な場所ですね」

(ここなら、また来てみたいかも)

忍坂姫はそんなふうに思った。

また佐由良の横にいた阿佐津姫は、彼女に抱っこして欲しいとせがんでいた。

そんな姫を見て、仕方ないと言った感じで佐由良は彼女を抱き上げた。
すると阿佐津姫は「きゃ!きゃ!」と言った感じで喜んでいた。



そしてそんな時だった。急に人の足音が聞こえて来る。それも1人ではなく、数名はいるであろうと思えた。

(一体誰が来たんだろう?)

忍坂姫は思わず、後ろを振り返った。
するとそこには5人組の男達が立っており、こちらをずっと見ている。

「あ、あなた達は一体誰なの?」

忍坂姫はその男達に声を掛けた。
だがその男達は、明らかに自分達を狙っているような目線を向けていた。

そんな忍坂姫の横で、佐由良も危険を察知したのか、阿佐津姫をしっかりと腕に抱き締めた。

「何とも威勢の良い娘がいるな。だが俺達が用があるのは、そこにいる大王の妃の方だ」

それを聞いた佐由良は思わず身震いした。どうしてこの者達は自分なんかに用があるのだろう。

彼女にそう言った男は、一歩前に出てきた。

「妃久しぶりだな、俺を覚えていないか。前に会ったのは6年程前だったかな。
お前が今の大王の宮で采女として使えていた頃で、確かあの時は肩に大きな傷を負わせてしまったな」

それを聞いた佐由良は思わず「ハッ」とした。この肩の傷は当時まだ皇子だった大王を守る為に自ら付けた傷だ。

「あ、あなたもしかして。嵯多彦(さたひこ)なの?」

佐由良はここに来てこの男が誰だかはっきりと分かった。6年前に今の大王の命を狙った男だ。

「あぁ、名前まで覚えていてくれたのか。それは有り難い。でもまさかお前があの弟皇子の妃になっていたのは流石に驚いた。まぁ、あの男らしいと言えばそれまでだがな」

そう言って彼はケラケラと笑い出した。

(これでこの女を拐って、あの男を一泡吹かせられる)

「ちょっと、あなた佐由良様にどうするつもりなの?」

思わず忍坂姫が横から話しかけた。

「何だお前は?まぁそんな事は今はどうでも良か。俺達の目的は今の大王への復讐だ。だから大王の妃を拐っていったら、あの男もさぞ動揺するだろうよ」