「とにかく早く宮に戻ろう。別に問題がなければそれで良いんだから」

こうして、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)はあっという間に宮に戻ってきた。


そして宮に着くと、馬小屋の男に馬を渡すなり、そのまま駆け足で忍坂姫(おしさかのひめ)のいるであろう部屋に向かった。

「おい、忍坂姫!」

彼が部屋の中に入るが、部屋の中には誰もいなかった。

「くそ、誰もいないな。皆どこに行ったんだ」

雄朝津間皇子が部屋に誰もいないので、このまま部屋を出ようとした丁度その時だ。太陽の光が部屋の中に入り、何かが光って見えた。

(うん、一体何が光っているんだ?)

彼が気になって、部屋の中にあるその物体に近づいた。それは台の上に置かれていて、手に取ってみるとそれは誰かの鏡のようだ。

「あれ、この鏡見たことあるぞ、確か忍坂姫の部屋にこんな鏡が置かれていたな。彼女はこの鏡も一緒に持ってきてたのか」

皇子がまじまじとその鏡を見ている時だった。急に鏡に写っていた自分の顔とは別の物が写って見えた。

「な、何だこの鏡は!?」

驚きの余り、彼はその鏡から手を離してしまった。幸い鏡自体は割れてはなさそうだ。

そして思わず後ろを振り返り、辺りを見渡した。だがどこにも人の姿はなかった。

(一体どうなっているんだ……)

彼はひとまず、その鏡の中に写っている光景を見て見る事にした。

そこには忍坂姫や佐由良(さゆら)が写っていた。そして2人は複数の男達に取り囲まれていた。

「何なんだ、この光景は。それにここはどこかの小高い丘のようにも見える」

皇子がそこまで見た丁度その時、そこでその光景は消えて、そのまま元の自分の顔に戻っていた。

彼は思わず、その鏡を元あった台の上に置いた。今の光景は偶然見えたにしては、余りに不自然だ。

「大和にも神器としての八咫鏡があるが、それとは恐らく別物だ。一体何故こんな物が存在するんだ?」

(さっきから妙な胸騒ぎがしていたのは、ひょっとしてこの事なのか。それに先程の光景が本当なら、彼女達が危ないんじゃ……)

皇子はそう思うなり、部屋を飛び出した。そして彼女達がどこに向かったのかを宮の使用人に聞くことにした。

そして、皇子はたまたまその近くにいた使用人の女性に声を掛けた。
そして彼に声を掛けられた女性は答えた。

「あぁ、佐由良様達でしたら、この近くの小高い丘の方へ皆で行かれましたよ」

それを聞いた雄朝津間皇子はとても驚いた。

(それはきっと、さっき鏡に写っていたあの場所だ)

「分かった。俺は大至急その丘に向かう。大王達が戻ってきたら、彼らにも急いで丘に来てもらうよう伝えてくれ。これは絶対だぞ」

彼は物凄い険しい顔をしてその使用人の女性に言った。
それを聞いた女性も彼の余りに怖い表情に驚き、「わ、分かりました。そのように必ずお伝えします」と答えた。

それから彼は急いで馬小屋に行くと、そのまま馬に股がり、先ほど聞いた小高い丘に向かった。