その頃瑞歯別大王達(みずはわけのおおきみ)は、視察を終えて宮に戻る事にした。
ただ折角なので、この近辺の村を見ながら帰る事にした。そのため今は馬をかなりゆっくりめで走らせていた。

「季節も春になって、だいぶ温かくなって来たな。昨年は穀物も豊作だったので、今年もそうなると有り難いのだが」

瑞歯別大王は周りの村を見渡しながら話していた。彼自身日頃から忙しい合間をぬって、近辺の村を馬で見て回っている。

「そうですね。世間では大王が即位してから泰平の世なんて言われてますからね。本当にそうなる事を祈りたいです」

瑞歯別大王の横を走っている稚田彦(わかたひこ)が彼に同調して答えた。先の大王が病で急に亡くなった時はどうなるかと思っていたが、この若い大王が即位した事で、とりあえずの心配は無くなった。

(でもこの大王の事だ。自身にもしもの事があった時についても、しっかり考えているのだろう。彼はそう言う人だ)

稚田彦はそう思って、彼の後ろにいる雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)を見た。まだ彼は若干18歳と若いが、あと数年もすれば立派な青年に成長する事だろう。
今の大和にとって、そんな彼はとても重要な存在である。ただ当の本人にどこまでその自覚があるかは疑問だが。

そんな雄朝津間皇子は、何故かずっと黙り込んでいた。

「雄朝津間、お前さっきからずっと無口だがどうかしたのか?」

瑞歯別大王はそんな弟皇子がふと気になり、声を掛けた。

「あぁ、別に何も無いよ」

彼は素っ気なくして、大王にそう答えた。
彼は何か少し考え事をしているみたいだった。

(何だろう、さっきから凄い嫌な胸騒ぎがする)

雄朝津間皇子はこの胸騒ぎが何なのか全く分からない。だがこれは何かただ事ではないような気がしていた。

(やっぱり、気になって仕方ない……)

「兄上、悪いけど先に宮に戻る事にするよ。さっきから何か変な予感があって、どうも気になるんだ」

「おい、雄朝津間。何言って……」

瑞歯別大王がそう言うのも聞かずに、彼は急に馬を走らせて宮へと向かった。

そんな彼の事を、瑞歯別大王と稚田彦は唖然と見ていた。

「あいつ、一体どうしたんだ?」

瑞歯別大王はそんな彼の行動が不思議に思えてならない。
それは稚田彦も同感のようだった。