その事については、また彼から聞ける機会があれば聞いてみよう。どのみち彼女が皇子の宮にいられるのはあと少しの期間だけである。

(この1ヶ月は本当にあっという間だったわね。皇子の宮に来たのがつい先日のようだわ)

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が1ヶ月を終えて、どういう結論を出そうとしているのかは正直彼女には全く想像がつかない。
特に何か彼から言われた訳でもなく、仲良く接しているだけだった。ただ最近の彼の接し方に少し違和感は感じていた。

「でも出来る事なら、私も佐由良(さゆら)様のように、1人の男性から一途に思われてみたいですね」

ただ雄朝津間皇子にそれを求めても、それは厳しいであろう。仮に自分を妃に選んでくれたとしても、皇子と言う立場であれば他の人も妃に出来る。
今の瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)がどちらかと言うと珍しいだけだ。

「まぁ大王の場合、極度に嫉妬深いのと、元々複数の妃を持つつもりがなかったそうよ。彼はどうも母親である磐之媛(いわのひめ)の側によくいたみたいで」

瑞歯別大王の場合、彼の母親の磐之媛が夫と他の妃との事でとても苦しまれた人だった。なので、そんな母親の影響が大きいとの事だった。

「へぇ、そうなんですね。でもそうだとしても、佐由良様は幸せだと思いますよ」

(だって、夫があんなに素敵な方なのだから...世の沢山の女性が羨ましいと思うはずよ)

「まぁ、大王には大切にしてもらっているのは事実だし、彼には本当に感謝しているわ」

そんな彼女を見て、やはりこの大王夫婦は本当に素敵に思える。
自分も出来る事なら、彼らのようになりたいと思った。



それから暫くして、佐由良はふと思い付いた。

「そうだわ。この近くに小高い丘があって、そこから村々を見渡せれるのだけれど、良かったらこれからそこに行ってみない?」

そこは【たかみのさと】と呼ばれており、大王もしばしそこから村々を眺めているのだそうだ。

「まぁ、それは素敵ですね。是非とも行ってみたいです」

忍坂姫はその話しを聞いて、その場所にとても興味を覚えた。

「じゃあ、阿佐津姫も連れて行きましょうか。念のため数名の従者も連れてね」

そうすると佐由良は、部屋の外にいるであろう使用人に声を掛けた。どうやらその手配をお願いしているようだ。

(この宮には滅多に来ないだろうから、行ける時に行っておきたいわ)


阿佐津姫は、母が使用人と話している事に関しては特に興味は無さそうで、その場で玩具で遊んでいた。
そんな姫を見て、忍坂姫はふとある事を聞いてみようと思った。

「ねぇ、阿佐津姫。あなたは市辺皇子(いちのへのおうじ)の事は知ってるわよね?彼の事はどう思う?」

すると阿佐津姫はその言葉に反応したらしく、彼女に答えた。

「市辺皇子~知ってるけど、あの子は嫌い。ちょっと生意気で何か偉そうなんだもん」

(なる程。お互いに嫌ってるって事ね。
いとこ同士だからもっと仲良く出来たら良いと思うけど、男の子と女の子だから中々難しい部分もあるのかしら)