大王達がそんな話しをしている時だった。そんな彼らを遠くから見ている1人の男がいた。

「あの顔は、間違いない。あれは瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)だな。あいつの顔を見たのは6年ぶりだ」

彼らを見ていたのは嵯多彦(さたひこ)であった。
彼は大王への復讐の為に、ここら付近に身を潜めていた。

(相変わらず凛々しい顔立ちをした男だな。本当に見ていて腹が立ってくる)

そんなふうに思った嵯多彦だったが、ここからは何分距離がある。
その為、大王達の話している会話の内容については彼には分からない。

「何故あいつらがここに来ているのかは分からないが、まだここで自分達の存在がバレる訳には行かない。暫くは様子を見るとするか」

嵯多彦はそう思うと、大王達に気付かれないよう、静かにその場から離れて行った。




「それで兄上、視察の続きはどうするんだ?」

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は大王にそう言った。先ほど聞いた稚田彦(わかたひこ)の話しからすると、この付近ももしかすると危ないかもしれない。

「そうだな。見た限りでは怪しい感じの人物は見当たらない。それに俺達3人に剣で勝てる奴なんてそうそういないだろう。まぁ、その殺しを生業にしていたっていう人物は分からないがな」

「でもそんな奴が現れたら、その時は稚田彦に倒して貰ったら良いんじゃない?」

雄朝津間皇子はふと稚田彦を見た。

雄朝津間皇子と瑞歯別大王でも、稚田彦の剣の腕前には到底勝てないでいた。

すると稚田彦は少し呆れたような感じで彼らに言った。

「お二人とも、いつも私がいるとは限らないので、いざと言う時はご自身で何とかして下さい。その為に、お父上がお二人に剣を学ばせたのですから」

「分かってるよ、稚田彦」

雄朝津間皇子はそう稚田彦に言った。

彼らの父上である大雀大王(おおさざきのおおきみ)おおさざきのおおきみは、聖帝と呼ばれたとても偉大な大王だった。
そんな彼には元々複数人の皇子がいて、その皇子達の将来を考えて、彼は政り事や剣術等様々な事を学ばせていた。

「とりあえず、もう少し見て回ろう。それでも何もないようなら、俺の宮に戻ったら良いさ。きっと宮にいる者達も待っているだろうからな」

瑞歯別大王はそう言った。

剣を学んだのはもちろん自分自身の身を守る為である。だがそれともう1つ、自分以外の大切な人達を守る為でもあった。
大雀大王はきっとその事も伝えたかったのであろう。

「そうですね。妃達も心配されているでしょうし」

稚田彦が少しクスクス笑いながら言った。

大王の妃と一緒に、今日は忍坂姫(おしさかのひめ)も来ている。きっと色々と楽しく話しをしているだろう。

(でも宮に戻ったら忍坂姫から何か色々と言われそうだな。きっと今頃は、宮で話しに夢中になっているだろうし。まさか俺の昔の話しまで聞かされてないと良いけど……)

雄朝津間皇子はそう思うと、だんだんと不安になってきた。とりあえず早く視察を終えて、彼女らの元に戻ろうと思った。