「聞いている側からしたら、中々楽しい姫じゃないか」

瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)は思わずその場で笑いだした。大王と彼女が会ったのは、前回の桜見物以来だ。

「やっぱり根っからのお転婆は、中々直らないみたいだね」

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は本当にやれやれといった感じだった。だがそれでも彼女が可愛く見えてしまう辺り、自分も少し重症なのかもしれないと思った。

「でも前回の舞を見せられた時は、今の妃に出会っていなかったら、ちょっとまずいなとは思ったよ。それぐらい魅力のある娘だと思うぞ俺は」

「でもその日に宮に帰ったら、ちゃんと彼女に逐一報告はしているんだろう?」

大王は自分の妃に、己自身の良くない噂が流れて、彼女が変に思わないよう常に気を配っている。

「あぁ、それはもちろんしたさ。彼女に変な心配は掛けたくないからな」

(この人は本当に自分の妃一筋だよな。まぁ俺も、そんな話しを普通に聞けるようになって、本当に良かったとは思っている。彼女は俺の初恋の人だから)

雄朝津間皇子はふとそんな事を思い返していた。彼女を初めて見た時、自分は確かまだ11、12歳ぐらいの時だった。
でも当時はとても気さくで優しい彼女に心引かれた。

(そう思うと、彼女と忍坂姫(おしさかのひめ)は本当に性格が真逆だよな。一体忍坂姫のどこがそんなに良かったんだろうか……)

そんな事を彼が思っていると、2人の元に稚田彦(わかたひこ)がやって来た。

「お二人方、ちょっと宜しいですか?」


「うん、どうした稚田彦?何かあったのか」

瑞歯別大王は稚田彦にそう言った。
今回は彼もこの視察に同行していた。

「それが、最近となりの半島の国からやって来た者の中に、少し気になる人物がいまして。何でも向こうの国で、人殺しを生業としていたそうです」

雄朝津間皇子も瑞歯別大王と一緒にその話しを聞いていた。

「何で、そんな奴が倭国(わこく)に来るんだ。半島では戦が耐えないから、稼ぎなんていくらでも出来そうなのに」

「だから気になるんですよ。もしかすると誰かに誘われてやって来たのかもしれませんね」

それはつまり、倭国の人間で殺したい奴がいて、その為にわざわざ呼んだと言う事なのだろうか。

「そいつの顔の特徴とかは、分からないのか?」

瑞歯別大王は稚田彦に聞いた。そんな奴がここ付近に潜んでいるとなると、いつ誰が狙われて殺されるかもしれない。

「済みません。流石にそこまでは……」

稚田彦もその人物の顔の特徴までは、話しの中では伝わって来なかったようだ。

「顔が分からないのであれば、どうする事も出来ないな。とりあえず俺達も十分に注意しよう。俺達だって狙われる可能性はあるんだからな」