忍坂姫(おしさかのひめ)はふと目を開けた。
時間的には夕方頃になっているようで、どうやら彼女は、自分の部屋で寝かされていたみたいだった。

「あれ、私なんで部屋にいるの?確か房千嘉(ふちか)千佐名(ちさな)が上手くいって、それで安心して力が抜けてしまい、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)に持たれていたのまでは覚えてる……」

もしかすると自分は、そのまま意識を失ってしまったのかもしれない。
だとすると、その場所から宮までどうやって戻って来れたのだろうか。

「とりあえず起きて、外に出てみようかしら?」

忍坂姫はそのまま起き上がって、部屋を出る事にした。
外では夕焼けが少し出ていて、春先の夕暮れを印象付けていた。

すると前から伊代乃(いよの)がやって来ていた。
もしかすると、自分の様子を見に行こうとしていたのかもしれない。

「伊代乃、今丁度目が覚めた所よ。それとちょっと教えて欲しい事があるんだけど」

伊代乃は忍坂姫にそう言われて、彼女の側までやって来た。

「忍坂姫、お目覚めになられて本当に良かったです。私に教えて欲しい事とは何でしょうか?」

忍坂姫は自分がどうやってこの宮に戻って来たのか、伊代乃なら知っていると思った。

「私今日向かった先で、どうやら意識を失ってしまったみたいなの。だからどうやってこの宮に戻って来たのか知りたくて」

それを聞いた伊代乃は、思わずクスッと笑った。そして彼女はそのまま続けて言った。

「それなら、雄朝津間皇子が姫を背負って戻って来られましたよ。今日行かれていた花の咲いている場所は、そんなに遠い所でもないですから」

(え、皇子が私を背負って帰って来た!)

「そ、それは本当なの!ど、どうしましょう。私皇子に凄い迷惑を掛けてしまったわ」

忍坂姫は本当に申し訳ない事をしてしまったと思った。これは皇子にちゃんとお礼を言わないといけない。

「でも、雄朝津間皇子はそんなに怒っている感じでもなさそうでしたよ」

(怒っているとか、怒っていないとかそういう問題じゃ無いわ。とりあえず皇子の元に行ってみよう)

「有り難う伊代乃、とりあえずこれから雄朝津間皇子の所に行って来るわ」

そう言って忍坂姫は、急いで雄朝津間皇子の元に向かう事にした。

伊代乃はそんな彼女を呆然と見送った。

(皇子がこの宮に戻って来られた時は、特に疲れているふうでもなく、割りと元気そうでしたけど)

宮の者達は、皇子が忍坂姫を背負って宮に戻って来た為、始めとても驚いた。
だが皇子自身は至って普通だった。そのまま忍坂姫の部屋に行き、彼女をとても慎重そうに降ろし、そして横たわせた。
そして「あとは頼む」と伊代乃達に言って、本人はそのまま自身の部屋に戻って行ったのだった。