「そうなんだよ。今まで俺にはどちらかと言うと妹のように、べったり甘えてくる感じだったんだ。あの房千嘉(ふちか)という青年の前だと、妙に落ち着いていると言うか、凄い自然な感じに見える」

2人がそんな事を話していると、当の本人達は目的地の場所までついたようだ。

(房千嘉、どうか頑張って!!)

忍坂姫(おしさかのひめ)はそう心の中で祈っていた。


すると小さいながらも2人の会話が聞こえて来た。

「ここに房千嘉と2人で来たの、本当に久しぶり。昔はよく来ていたのに」

千佐名(ちさな)はそんな事を言いながら、その辺りの景色を眺めていた。

「あぁ、そうだね。僕が村から度々出て行くようになってから、中々そんな時間も作れなかったから」

房千嘉もそんなに緊張してるふうにも見えなかった。

「正直、房千嘉が村から度々出て行くようになって、私もちょっと寂しかった。何故か房千嘉がどんどん大人になっていくようで……」

(何だろうこの会話?)

忍坂姫は少し首をひねった。
これが単なる幼なじみの会話だろうか。

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)も同様に少し不思議そうにして聞いている。

「千佐名、ごめん。僕も早く一人前の大人になりたくて、本当に必死だったから」

すると千佐名は房千嘉を見て言った。

「ううん、良いのよ。私も本当に子供だったから」

そして彼女は再び景色を眺めた。

(千佐名、僕は……)

房千嘉はそんな彼女を見て決心した。
今この場で言うしかないと。

「千佐名、君が最近体調を崩して本当に心配したよ。それと同時に、やっぱり君の事がほっとけなくなった」

「房千嘉、それどういう事?」

房千嘉は彼女を自分の方を向けて、そして言った。

「今までずっと言えなかったけど、本当はずっと前から君の事が好きだった......君の事を本気で守りたい。どうか僕を選んで貰えないだろうか」


(やった、房千嘉。良く言ってくれたわ!)

忍坂姫はちょっと興奮気味になっていた。


そんな房千嘉の告白を受けて、急に千佐名は泣き出してしまった。

「え、千佐名。そ、そんなに嫌だったのか?」

房千嘉はいきなり千佐名が泣き出してしまい、どうしたら良いか分からない。

すると千佐名は違うとでも言うように、頭をふるふると振った。

「房千嘉は私の事なんて、好きじゃないとずっと思っていたから。昔から私は妹みたいな感じなんだろうと」

これを聞いて、房千嘉は衝撃を受けた。彼女は本当は自分の事を好いてくれていたのだ。

「だから、私悲しくて。それで雄朝津間皇子と知り合ってから、彼は私を好いてくれた。それも本当に嬉しかったから、彼に甘えてきた。でもやっぱり心の底では少し虚しさがあったわ」

(千佐名、君はそんな風に思ってたのか)

「それに今回の体調不良も、房千嘉と皇子の間で悩んでしまい、それが原因だったの。本当にごめんなさい」

それを聞いた房千嘉は、そんな彼女を思わず抱きしめた。そして千佐名も、房千嘉の腕の中でしばらく泣き続けた。


「こ、これって、上手く行ったって事ですよね?」

忍坂姫は思わず、となりの皇子にそう言った。

「あぁ、そのようだね」

雄朝津間皇子は、とても拍子抜けた感じで見ていた。

正直これはかなり意外な展開になってしまった。まさか2人は最初から両想いだったとは。

忍坂姫的には本当に喜ばしい事だと思った。
たが皇子からしたら、これは流石にショックだろうと思った。
彼は言わば、房千嘉の代わりにされていたようなものだ。