「いや、悪い。別にたいした事じゃないんだ」

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は彼女に対して、何とも言いにくそうな感じである。

一方の忍坂姫(おしさかのひめ)も、まだ余り納得はしていないが、ここで皇子と言い争いをするのも面倒に思った。

(とりあえず、今は皇子に先程の話を伝えないと……)

それから忍坂姫は、先程房千嘉(ふちか)と話していた事を雄朝津間皇子にも伝える事にした。


「なる程ね。分かった。じゃあ、その件は宮に戻ってから考えるとするよ」

雄朝津間皇子はそう言うと、彼女に馬に乗るよう催促する。

忍坂姫も彼にそう言われたので、とりあえず続きは宮に戻ってからする事にし、彼に支えてもらいながら馬に股がった。

その後雄朝津間皇子も馬に乗り、彼は馬を走り出させた。

そしてしばらく走ってから、彼は忍坂姫に声をかけてきた。

「でもなんで、そんな簡単に千佐名(ちさな)を好いてる男を見つけられたんだ?」

「えぇーと、それは……房千嘉とはさっき偶然ぶつかってしまって、彼の荷物を慌てて拾っていたんです。それでその時に日田戸祢(ひだとね)の娘の見舞いに行くと聞いてピンと来たというか……」

とりあえず、鏡の事は伏せることにしたが、大方自分の言っている事も間違ってはいない。

「ふーん、そんな事もあるんだね。前回の七支刀(しちしとう)の時もそうだったけど、君は本当に凄いと思うよ」

皇子にそう言われ、流石にそれも全て鏡のお陰とは中々言えないと彼女は思った。

「でも、本当に上手くいくと良いですね。私が見た限りでも、その房千嘉って人は凄く真面目で誠実そうな人でした」

忍坂姫はそう雄朝津間皇子に言った。
あの鏡が見せてくれたので、きっと意味のある事なのだろうと思った。

「まぁ、こればかりは実際にやってみないと分からないけどね」

こうして、2人は宮に戻って行った。