「そうですか、まぁ皇女様がそうおっしゃるなら……では是非お願いします」

房千嘉(ふちか)はそう言って彼女の頭を下げた。

そんな彼を見て、忍坂姫(おしさかのひめ)は本当に彼は真面目な青年だなと思った。

「じゃあ、宮に戻ったら、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)にお願いしてみる。ところであなたはどの辺りに住んでいるの?」

房千嘉と今後も連絡を取らないといけない為、とりあえず家の場所は聞いておこうと思った。

「あぁ、それならあそこです。あの山のふもとに、数軒の住居が並んでいると思いますが、僕の住んでいる家は一番左です」

忍坂姫は彼が指差した方向を見た。すると確かに数軒の住居が見える。彼はその一番左らしい。

「分かった、あの家ね。ではまた状況が分かり次第、あなたに連絡が入るようにするわ」

忍坂姫は彼にそう言った。
そして彼女自身も何だかとてもワクワクしてきた。人の恋のお手伝いをするなんて事は初めてだった。

(さぁ、早く宮に戻って皇子に相談しないと)

忍坂姫がそんな事を思っている丁度その時だった。ふと遠くから誰かの足音が聞こえてきた。
彼女がその足音がする方を見ると、それは雄朝津間皇子だった。

(あら、雄朝津間皇子戻って来られたんだ)

彼は忍坂姫を見つけるなり、ひどく早足で彼女達の元に近づいて来た。

「雄朝津間皇子、お帰りなさい。お話は終わられたんですね」

彼女は彼に笑ってそう言った。

しかし彼はひどく険しい表情をしており、忍坂姫達の前まで来ると彼女の手を強引につかんだ。

「忍坂姫、一体何をしているんだ」

彼の声は酷く低かった。

そして『宮に帰るぞ』と言って、彼女の手をつかんだまま、馬の止めてある場所の方へと歩きだした。

(ちょっと、一体どういう事?)

とりあえず、忍坂姫は房千嘉に挨拶だけして、そのまま彼に付いて行った。

そんな忍坂姫と皇子を見て、房千嘉も一体何が起きたんだと不思議そうな顔をしていた。


馬の前まで来ると、雄朝津間皇子は彼女の手を離した。そして彼女の方を見て言った。

「忍坂姫、一体どういう事だ。村の男なんかと、えらく楽しそうに話していたみたいだけど」

彼はどうも酷く怒っているように見える。

(皇子、どうして怒ってるんだろう)

「皇子、私は少し話しをしていただけです」

「ふーん、結構仲良さげに話していたように見えたけどね」

彼は一体どうしたのだろう。これではまるで、自分と先程の房千嘉が話していたのが気に食わないとでも言った感じである。

「私は彼と千佐名(ちさな)の事について話していただけです。それより見つけたんですよ。
先程の彼、千佐名とは幼なじみ同士で、昔から千佐名の事を好きだったそうです。
それで今日も彼女の体調を心配して、日田戸祢(ひだとね)の家に行く途中だったそうですよ」


それを聞いた彼は思わず「へぇ!?」と言った。

「そ、そうか。それは済まない。俺はてっきり……」

彼女がふと雄朝津間皇子を見ると、彼は何ともばつの悪そうな顔をしている。

「うん?てっきり?皇子一体何を考えていたんですか」

忍坂姫には彼の言ってる事の意味が、さっぱり分からなかった。