「じゃあ、俺はそろそろ自分の部屋へ戻るよ」

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は、食事を終えると彼女にそう言って、そのままの自分の部屋へと戻っていった。

忍坂姫(おしさかのひめ)はそんな彼を部屋の入り口から見送り、その後は部屋の中へと戻った。

(とりあえず、何事も無くて安心したわ)

忍坂姫自身、まさか彼がここまで変わるとは思ってもみなかった。
まるで自分に嫌われないように気を遣っているふうにさえ思えてくる。

(まぁ、私が日頃言っていた嫌みを、単に気にしていただけかもしれないけど)

それでも皇子自身が変わってきているのは良い兆しである。瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)も今回の事を知ったら、きっと喜ばれるだろう。


「それにしても、あの千佐名(ちさな)って子の件は、何か良い方法はないものかしら」

忍坂姫はどうしたものかと再び考え込んだ。しかしこれといって良い考えは中々浮かんでこない。

すると、ふと台の上に置いてある鏡に目がとまった。前回の七支刀(しちしとう)の件以降、鏡は袋から出したままにしていた。

(もしかしたら、今回も何か見えるかも?)

彼女はそう思い、鏡の前に来て座った。
だが鏡には特に何も映ってはいなかった。

「お願い、千佐名と言う娘を助けたいの。どうしたら良いのか教えてちょうだい」

そして暫くすると、また鏡に奇妙な光景が映り出した。

忍坂姫は思わず鏡に釘付けになって、その光景を見た。

(これはどこかの村の家かしら?結構立派な家ね)

その家は普通の農民の住居と比べてとても立派で広く、この辺りを取り仕切っている家のように思えた。

その家の入り口に、1人の青年が立っていた。年は17、18歳前後ぐらいに見える。割りと整った顔立ちの青年で、誰かを待っているのだろうか。
そして手には何やら包みものを持っている。

すると、今度は家の中から1人の少女が出てきた。こちらは忍坂姫ぐらいの年齢ぐらいのように見える。割りと綺麗な娘で、翡翠で出来た耳飾りをつけていた。

その少女を見るなり、青年は包みから何かを取り出して、その少女に渡した。
何を渡したのだろうかと思ってよく見ると、何やら髪飾りのようで、赤茶色で先に小さな石が紐で結ばれていた。

少女はその髪飾りを受け取り、とても喜んでいるようだった。

(この2人は一体誰なんだろう?)

忍坂姫がそう思っていると、そこでその光景が消えて、鏡には元の彼女の顔が映っていた。

「うーん、今回も何か不思議な光景が出ていたわね」

ただ鏡に映っていた場所がどこか分からないのと、そこに映っていた2人も誰なのかさっぱり分からない。

「あ、そうだわ!この宮の人に今見た家の特徴を話してみたら、誰か知っているかもしれない」

そう思った忍坂姫は、早速部屋を出ていき、宮の人に聞いてみる事にした。