それを聞いた伊代乃(いよの)は「分かりました」と言って彼女の部屋を後にした。

そしてそれから暫くして、誰かがやって来る気配がした。恐らく雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)であろう。

忍坂姫(おしさかのひめ)。俺だけど、入っても大丈夫かな」

忍坂姫も皇子がやって来たので「はい、良いですよ」と言って中へ招き入れた。

皇子は部屋の中に入って来てくると、彼女の前に座った。見た感じでは何か思いつめているようには見えなかった。

「雄朝津間皇子、一体こんな朝からどうしたんですか?」

忍坂姫はそう彼に聞いた。恐らく昨日聞いた娘の件の事であろう。

「あぁ、昨日は本当に急な事で済まなかった。とりあえず昨日行ってみた所、そこまで体調が悪い感じでもなかったよ。
その娘の父親の話しでは、最近俺が会いに行っていなかったのが原因と言っていた。それで本人が塞ぎ込んでしまい、そのまま体調を崩したみたいだった」

その話しを聞いて、その千佐名(ちさな)と言う娘の体は、とりあえずは大丈夫そうだ。

だとすると、こんな朝早くから自分に会いに来るのは一体何なのだろうと、彼女は不思議に思った。

「まぁ、それは何よりでしたね。ところで雄朝津間皇子、何故こんな朝早くから来られたんですか?」

それを聞いた雄朝津間皇子は、思わず「え?」と言って、少し驚いたような顔をする。

「いや、昨日急にあんなふうに宮を飛び出して行ったから、早く昨日の事を君に説明しておいた方が良いかなと思って」

それを聞いた忍坂姫は少し驚く。つまり彼は、自分の事を気にして早く会いに来てくれたのだ。

(まさか、雄朝津間皇子が私の為に……)

すると忍坂姫は、その場でクスクスと笑い出した。まさか彼ががそんな事を気にしていたなんて本当に意外だ。

「まさか皇子が、その為にこんな朝早くから、自分に会いに来るとは思ってもみませんでした」

雄朝津間皇子は、忍坂姫が突然クスクスと笑い出したので分が悪くなってしまい、少しムスっとした。さらに彼は少し顔も赤くしていた。

「最近の君の発言を聞く限り、不誠実な男はどうも好きそうじゃなかったし。俺の事もずっとそんなふうに思われるのも、何か余り良い気分がしないしさ……」

(へえ!?)

忍坂姫はそんな彼の発言を聞いてかなり驚いた。一体どういう心境の変化だろうか。
忍坂姫が最初この宮に来た日なんて、彼女を置いて、その娘の元に行っていたと言うのに。

確かに最近、彼を他の男性と比べて色々嫌みを言っていたが、まさかそれを本人が気にしていたのだろうか。