忍坂姫(おしさかのひめ)は、その頃自分の宮を出て少し行った所にある、草原に来ていた。

季節も3月に入り、春先の陽気な気候に恵まれて、少しづつ春の訪れを予感させるそんな日だった。

彼女は今年で15歳になっていた。

髪の一部を耳上で輪っか状に纏めていて、愛くるしい目と無邪気な笑顔が印象的である。

とびきり美人と言う訳ではないが、とてもはつらつとした性格で、どちらかと言うと可愛らしい少女といった感じだ。


「もう少しすれば、この当たりも綺麗な春の花が沢山咲くわね」

忍坂姫はそんな陽気な空の下、地面の草木が生い茂る所に腰かけて、周りの景色をただただ眺めていた。

すると遠くの方から、誰かが走って来るのが見えた。


「姫様~!!!」

忍坂姫が誰だろうと思って良く見てみると、それは彼女の元に仕えている衣奈津(いなつ)だった。

彼女は忍坂姫がまだ小さい頃からこの宮に仕えている女性だ。

「あら衣奈津どうかしたの?」

衣奈津は忍坂姫の元まで来ると暫く呼吸を整え、それから彼女に話した。

百師木姫(ももしきのひめ)様から、至急宮に戻って来て欲しいとの事です。何でもお話しがあるとの事で」

「え、お母様が?一体何の話しかしら……」

忍坂姫としてはまだ暫くこの場に居たかったが、衣奈津がわざわざここまで走って来たのだ。これは急いで戻った方が良さそうだ。

「分かったわ衣奈津。良く分からないけど、お母様がお話しがあるのね」

忍坂姫はやれやれといった感じで立ち上がり、そして衣奈津と一緒に宮に戻っていった。

(お母様、一体どうしたのかしら。今日の朝は全然普通だったのに)