忍坂姫(おしさかのひめ)がそんな風に思っている時だった。急に部屋に誰かがやってくる音がする。

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)、ちょっと宜しいですか?」

どうやら、宮の家臣の男が1人やって来たようだ。だがこんな夜に来るとは、何か急な要件でもあったのだろうか。

「うん、何だ?部屋の中で聞くから入って来いよ」

雄朝津間皇子にそう言われて、男は何故か気まずそうにしながら、部屋の中に入ってきた。

(この男の人、一瞬私を見たような……)

忍坂姫は何だろうと不思議に思い、自然とその彼の姿を追った。

そして男は雄朝津間皇子の横に来て、何やら小さな声で彼と話しをしている。どうやら他の人には、余り知られたくない内容なのだろう。

雄朝津間皇子はその男の話しを食事をしながら聞いていた。
そしてどんな内容かだんだん分かってきたようで、少し困惑したような表情をする。

(一体何の話しなんだろう?)

2人がとても小さな声で話しをしているので、忍坂姫にはどんな内容なのかは全く分からない。

雄朝津間皇子は話しを聞き終えると、その男に一旦戻るように言い、その男を部屋から下がらせた。

すると皇子はその場で頭を抱えた。何か厄介な問題事でもあったのだろうか。

「忍坂姫、ちょっと良いかな」

雄朝津間皇子は忍坂姫に言った。

「はい、皇子何でしょうか?」

忍坂姫は彼の話しを聞く為、食事を一度中断する。この感じからして、余り良い内容の話しではなさそうだ。

「今さっきここに来た家臣の男から聞いた話しなんだが。
実はこの付近の村を管理している、日田戸祢(ひだとね)と言う男がいる。
今回はそいつから連絡が来たみたいだ」

その日田戸祢と言う男に、何か問題事でもあったのだろうか。

「それで、これは非常に話しにくいんだが。その男には1人娘がいて、名前を千佐名(ちさな)と言う。
それでその千佐名がずっと寝込んでいるらしく、父親の日田戸祢が、俺に彼女に会ってやって欲しいと連絡を寄越して来たみたいなんだ……」

忍坂姫はその話しを聞いて、その話の意図が何なのかを理解する。恐らくその千佐名と言う娘が、彼が以前から時々通っていた娘なのだろう。

それを聞いて忍坂姫は思わず黙ってしまった。雄朝津間皇子がよその娘に通っていた事は以前から聞いている。なのでその現実を今聞かされた感じだ。

「その娘は、元々皇子が通われていた娘なんですよね。それで今は寝込んでいると」

忍坂姫がそう言うと、彼は特に動揺する事もなく、静かに答えた。

「あぁ、君の言う通りだよ」