その後、忍坂姫(おしさかのひめ)は桜見物の会場となる場へ移動する事になった。

忍坂姫は瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)の後ろを歩きながら、彼の事をじっと見つめる。こんな綺麗な男性を、彼女自身もいまだかつて見た事がなかった。

そんな彼女の横にふと雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)がやってくる。

「忍坂姫、一応言っておくけど、大王は今の妃以外全く興味もってないからね」

それは彼女も流石に知っていた。だから息長でも瑞歯別大王は噂になっていた。

「えぇ、その噂は前々から聞いてました。あんなに素敵な方なのに、たった1人の女性を一途な思うなんて、なんて素晴らしいんでしょう」

忍坂姫はそんな瑞歯別大王にすっかり魅了されてしまった。そこは雄朝津間皇子にも是非とも見習って貰いたいものだ。

「はぁ、そうだね……」

彼は特に怒るわけでもなく、少し脱力したような感じである。
自分の兄が誉められてはいるが、特に何とも思わないのだろう。

「だからお父様も、私の婚姻相手に始め一瞬だけ今の大王をとも考えたみたいです。私なら后にもなれるからと。でも直ぐにその事は諦めたと言ってました」

それを聞いた雄朝津間皇子は、呆れた感じで言った。

「君が大王の后……それは流石に無謀すぎる」

忍坂姫も彼にあっさりそう言われて、頭では分かっていても、何故か虚しく思えてくる。

「勿論分かっています。私にはどう見ても不似合いですから。
でも出来るなら私も大王の妃のように、自分だけを一途に思ってくれる男性と一緒になりたいものだわ」

(これを皇子に求めても、流石に無理な話しね)

忍坂姫は少し肩を落とした。そんな淡い期待なんて持っても無謀だと。
力のある男性が複数の女性を妻にするのは、この時代当たり前の事だ。
それに自分はどこかの村娘ではなく皇女だ。余計に自分の希望なんて通るはずもない。

「ふーん、君でもそう言う相手が良いって思うんだ?」

雄朝津間皇子は意外そうな感じで言った。

「まぁ、出来ればですけどね。でも実際そんな男性は、そうそういないでしょうし。現に雄朝津間皇子がそうじゃないですか」

彼女は思った。そんな男性が普通に横にいるのだから、これが現実なんだと。

「まぁ、そう言われると否定出来ないけどね」

彼も何とも無反応な感じで彼女にそう答える。
実際に彼は今まで特定の相手は作らず、割り切った関係で女性と接してきた。
彼的に、別にそれが変とは今まで特に思ってはいなかった。
むしろ今の大王が珍しいだけだと。

忍坂姫は思わず「はぁー」とため息を付いた。

雄朝津間皇子は、そんな忍坂姫を横から見ていた。そして彼は少し複雑そうな表情をしていた。

(もし奇跡的に、そんな男が彼女の前に現れたら、彼女はその男を選ぶのだろうか……)

また、市辺皇子は久々に大王に会ったので、大王の横を歩いていた。
大王自身も市辺皇子の事はそれなりに気にかけているようだ。