そして今日は、大王が訪問に来られる前日で、今は夜に差し掛かる時間帯だった。

「そう言えば、そろそろ雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が戻って来てる頃かしら。この分だと先日のいざこざが解決しないまま、明日出掛ける事になりそうね」

忍坂姫(おしさかのひめ)がふとそんな事を考えている、そんな時だった。
なにやら誰かの足音が聞こえてきた。どうやらこの部屋に誰かが向かってきているようだ。

(誰かしら、こんな時間に?)

そして彼女の部屋の前で、ふと足音が止まった。

「忍坂姫、俺だ。中に入って良いかな」

その声を聞いて、彼女は思わずぎょっとした。その声の主は何と雄朝津間皇子だった。

(まさか皇子の方から、やって来るなんて……)

忍坂姫は突然の彼の訪問にかなり動揺した。だが流石にこのまま無言を続ける訳にもいかず、仕方なく返事に答えた。

「は、はい。大丈夫です」

忍坂姫の返事を聞いて、雄朝津間皇子はそのまま部屋の中に入ってきた。
彼は意外にも普段と変わらない感じの表情だった。

そして彼女の前まで来ると、その場に座った。

忍坂姫は彼にどう対応したら良いか分からず、中々上手く彼と目を合わせられずにいた。

(一体何で、こんな時間に来たんだろう)

「今丁度宮に戻って来たところ。何でも明日大王がこっちに来るんだってね」

忍坂姫はとりあえずコクコクと頷いた。
今宮に戻って来たと言う事は、その足でそのまま自分の部屋に来たと言う事だろうか。

そんな忍坂姫を見て、彼は思わずため息をついた。

「何か俺、かなり警戒されてるみたいだね。まぁ無理もないかもしれないけど……」

忍坂姫はふと皇子の顔を見た。すると彼は真っ直ぐ自分の事を見つめていた。

「皇子、どうもお帰りなさい。こんな時間に何か用ですか?」

忍坂姫は、とりあえずそれだけ彼に返事をした。

それを聞いた雄朝津間皇子は、一瞬だけ少し驚いたような表情を見せる。
だがすぐに彼は、彼女に対して優しい目を向けた。

そんな皇子を見て、忍坂姫は彼が今日はいつもと少し感じが違っているように見えた。
そのため彼女は、そんな彼にどう接したら良いか分からず、少し困ってしまった。

すると雄朝津間皇子は忍坂姫に向かって話し出した。

「先日あんな事になって、本当はもっと早く謝りたかった。でもすぐに出掛けないと行けなかったら、こんな時になってしまった。本当にあの時は済まなかった」

そう言って彼は彼女の前で頭を下げた。

(え、皇子が私に頭を下げるなんて……)

そんな彼を見て、忍坂姫は慌てて言った。

「雄朝津間皇子!そんな皇子が頭なんてさげないで下さい。あの時は私も流石に言い過ぎました」

忍坂姫にそう言われ、雄朝津間皇子は頭を上げた。彼女の発言に少し驚いてる感じだった。

「いや、元々の原因は俺にあるよ。あんなふうにして君を傷付けてしまって。でも今の君の発言だと、俺の事を許してくれるのか?」

許すも何も、どうやって皇子と仲直りしようかと思っていた所だった。
それがまさか皇子の方から謝ってくるとは思ってもみなかった。