新たに即位した瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)は、即位と同時に丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや)を新たな宮としてかまえた。

そして、そこには妃の佐由良(さゆら)や娘の阿佐津姫(あさつひめ)も一緒に住まわせる事にした。

また彼の補佐は稚田彦(わかたひこ)が付き、内部的な事は佐由良の父親である物部伊莒弗(もののべのいこふつ)が先の大王から継続して行う事になった。


こうして新たな大和王権の体制が、着実に整えられていった。




そんな矢先の事である。
ある一人の男が何やら酷く何か考え事をしていた。
彼は今の大王の父親である、大雀大王(おおさざきのおおきみ)の弟の稚野毛皇子(わかぬけのおうじ)だった。

「皇子、何をそんなにため息なんかつかれて」

そんな彼を横で呆れながら見ていたのは、彼の妃の百師木姫(ももしきのひめ)だ。

彼女は豪族息長(おきなが)の娘で、皇族の皇子である稚野毛皇子の元に嫁いで来た。

「いやな、娘の忍坂姫(おしさかのひめ)の事だが」

「え、忍坂姫ですか?」

忍坂姫とは、稚野毛皇子と百師木姫の間に生まれた第一皇女で、今年で15歳になっていた。

だが皇女とは言っても、両親からは割りと自由に育てられてきた娘である。
そしてとても控えめで大人しい妹の衣通姫(そとおりひめ)と違い、彼女は意志が強く、少々お転婆な所があった。


「あぁ、そろそろあいつの嫁ぎ先を決めなければと思ってな」

どうも稚野毛皇子は、娘の将来を考えて最近色々と候補を考えているようだった。

「そうですね。ただあの子は大人し目な衣通姫と違って、何分ちょっとお転婆ですから」

百師木姫も、忍坂姫のそんな性格を少し気にしてた。

「忍坂姫は一応皇女だから、今の大王の后にとも一瞬は考えた。あの子なら皇后にもなれるからな。だが大王は今の妃をとても寵愛してるから、そこに忍坂姫を入れてもな……」

大王の正妃でる后や皇后になれるのは、葛城の磐之媛を例外として、原則皇女のみである。他の豪族の姫は妃の扱いだ。
また大王以外の皇子の妻も妃と呼んでいる。

「まぁ、あの子の性格を考えたら、今の大王の后なんて務まるはずがありません」

瑞歯別大王は今の妃をとても大事にしており、過去にも他の妃入りの話しはあったが、大王は全て断っていた。

そこに自分達の娘を嫁がせようものなら、逆に大王の逆鱗に触れてしまいかねない。

「だから、一瞬考えただけだ。そうなると他のどこかの豪族の皇子にでも嫁がせるか……」

「ちなみに、皇子。息長は無理ですよ。既に忍坂姫の性格等は知られているので、年頃の青年達は遠慮しますわ」

息長にも姫の歳の合う青年もいるにはいるが、妹の衣通姫ならともかく、忍坂姫は皆避けたがっているようだ。

「うーん。まぁ、意志が強くそれなりにしっかりはしてるから、正直勿体ない気はしている。それなりに身分のある者でも、あの子ならしっかり支えられるはずだ」