「本当に、お父様もお母様も、私が何か問題でもおこしそうな感じに思ってるのね」

忍坂姫(おしさかのひめ)は少し不満気味に思いながら、宮までの道のりを歩いていた。今は丁度お昼を過ぎている頃に差し掛かっていた。

「まぁ、お二人とも姫様がそれだけ心配なんですよ。それに今日は天候にも恵まれて本当に良かったですね」

衣奈津(いなつ)が彼女にそう言った。

道の横では小さな川が流れていて、基本はこの川に沿って進む形になる。
もうすぐ春なので、川沿いには少し花も咲いていた。

「まぁ、それはそうなんだけど……」

とりあえず、そんな事をいちいち気にしていても仕方ない。久々に宮から離れて歩いてるのだ。これはこれで楽しもうと思った。

「こんな天気の良い日には、舞でも踊りたいものね。雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)の宮に着いたら舞ってみようかしら」

忍坂姫の唯一の特技が舞で、これは幼少の時からずっとやっており、この舞だけは両親からも誉められていた。

「姫様、それは良いですね。雄朝津間皇子も姫様の舞を見られたらきっと喜ばれますよ」

それを聞いた衣奈津も嬉しそうに言った。もうじき来る春と共に、忍坂姫の舞は見る人を魅了するだろう。



そしてまたしばらく歩いていると、道が細くなりなり、太陽が雲に隠れ少し薄暗くなってきた。
皇子の宮までの道のりは、あと半分ぐらいの距離だった。

(何か変な感じね。早いところ皇子の宮に行かないと)

彼女が変な胸騒ぎをし出した丁度その時である。忍坂姫一行以外に人の気配はそれまで無かったが、何か足音が聞こえて来た。
しかも速足で何かが近づいて来る感じがした。

「姫様、何か足音が聞こえて来ませんか?」

衣奈津は辺りを見回した。また他の従事者の男2人も辺りをキョロキョロ見ている。

(やっぱり、誰か来てる?)

忍坂姫がそう思った瞬間、彼女達の前に、2人の男が現れた。男は武器を持っており、どうやら盗賊のようだ。

「あんた達、随分と身なりの良い服装だな。何か金目のものとか持ってるんだろう」

男の1人がギラギラした目で言った。どうやらこの辺りを通る人を待ち伏せしていたようだ。

忍坂姫の従事者が思わず彼女の前に出た。

「姫様は後ろに下がってて下さい」

忍坂姫は従事者の男にそう言われて、思わず後ろに下がった。衣奈津も忍坂姫を守るように、彼女を抱きしめている。

するともう一人の盗賊の男が話し掛けてきた。

「どうせ、剣もそんなに使える訳でもないんだろう。逃げられても何かと面倒だ、さっさと殺そうぜ。それから持ち物を確認すれば良い」

それを聞いた忍坂姫は一気に血の気が引いた。この状況を考えると、自分達の方が断然不利だ。距離が短いから大丈夫だと思ったその考えが甘かった。